自転車を生活の一部としている方にとって、雨や雪の日ほど憎たらしいものはないでしょう。ローラー台やエアロバイクなどをお持ちの方であればサブトレーニングも可能だとは思いますが、それ以外の方であれば完全に手持無沙汰です。
しかし、そんな憂鬱を吹き飛ばす最高のトレーニング方法があります。それがスキーです。
スキーは自転車の冬季トレーニングに最適で、受動的だった体幹を意識的に感覚化する方法や適切な体重移動を学べるでしょう。また、必然的に傾斜を滑り降りていくスポーツのため、自転車におけるダウンヒル系統のレースにも応用できます。
筋力についても、スキーで使用する部位は自転車で活用する筋肉の一部ですから、これが高速走行になればなるほど強靭なバネとして鍛え上げることが可能です。ハイスピードトレーニング後に自転車へ乗車すればその洗練された感覚に驚かれるはずです。
自転車におけるライン取りの技術もスキーで学習可能でしょう。A.B.Cとジグザクに置かれた3つの地点を設定し、それらを結ぶように滑らかなコーナリングを意識すれば感覚として身体へ覚えさせることもできます。
なおかつ、手軽に心肺機能を高められるという点が一番嬉しいかもしれませんね。
以上の事から、雪などが降ったあかつきには是非ともゲレンデへ出かけてスキーをしていただきたいところなのですが、いかんせん板を購入したものの全く滑らなかったという話ではトレーニングも何もあったもんではありません。
このリスクを回避するため、ホットワクシングという方法があります。今回は元レーシングチーム所属の筆者が、未経験者でも簡単にできるワックス掛けの方法をご紹介します。
目次
準備編
ワックスというと液体ワックスが入った缶を滑走面へ塗り塗りしたりスプレーするイメージが強いですが、この方法ですと4~5回滑っただけで効力が落ちてきてしまいます。また、雪質に合わせて選択することが出来ないため用途が限られているといっても過言ではないでしょう。
そこで必要となるのが固形ワックスです。
動きが悪くなった襖へ蝋を垂らし、滑りを良くする昔ながらの知恵はご存知でしょうか。原理はそれと同じで、固形ワックスをアイロンで溶かして滑走面へ塗っていきます。
熱によってワックスが深く滑走面へ浸透するため効果は長持ちしますし、用途ごとに気温や雪質に合わせて選択することが可能なため非常に便利です。
では、上記のワックス掛けをするにあたって用意すべき物と、より質の高いライディングをするために必要なメンテナンス工具を下記にまとめていきます。
1.ベースワックス
本ワックスを塗る前に下地を作るためのワックスです。
これで基礎を作るか作らないかでゲレンデにおいてのパフォーマンスが全く違ってくるので、必ず必要なものです。
2.本ワックス
ベースワックスで下地を作り終わった後に塗るワックスです。
対応温度や適応雪質、ワックス原料や効果持続時間等で多様な種類が発売されているため初見では迷われることと思いますが、まずは対応温度のみで選別していきましょう。
ちなみに、写真のワックスは1℃から-4℃まで使用できるオールマイティな物ですので、非常に使い勝手がいいですよ。
3.スキーバイス
ワックスを掛ける際、スキーを固定するための台座です。スキーバイスを使用しない方法としては専用スタンドを選択する方法もありますので、場所や用途と照らし合わせて購入しましょう。
4.アイロン
衣服用のアイロンではいけません。必ずウィンタースポーツギア向けの物を購入してください。普通のアイロンでは細かな温度設定が出来ないため、これは必須条件です。
5.アイロンペーパー
アイロンと滑走面との間に挟んで使用する物です。こちらがなくとも問題なくホットワクシングは可能ですが、滑走面に直接アイロンが触れないため板を痛めにくいです。
6.スクレーパー
塗ったワックスを剥がすためのものです。
プラスチック製ですが、専用のものでないと角が負けてしまいすぐに丸くなってしまいます。
7.ブラシ
スクレーパーでワックスを剥ぎ落した後、滑走面へ付着している残りのカスを掻き出すためのブラシです。こちらも専用の物でないと板が傷んでしまいますので注意しましょう。
8.ゴム
ビンディングの爪が跳ね上がった状態ではアイロンが干渉してしまいます。そこでゴムを爪に引っ掛け、強制的に滑走面側と反対方向へ固定する必要があります。
9.スクレーパーシャープナー
角が丸くなったスクレーパーを研いで、鋭利さを復活させるものです。
この様にサイズにあった溝へセットし、引きながら角を整えていきます。
10.ファイル
丸くなったエッジを整えるための物です。
かなり鋭利なものなので取り扱いには気をつけましょう。
11.マイナスドライバー
ビンディングの締め付け強度を調整する時に使います。緩いと簡単にブーツが外れてしまって危険なので、適度な硬さへ調節することが大切です。
12.エプロン
ワックスをかける際はかなり削りカスが出ます。作業着がカスまみれになりたくないのであれば、エプロンを着用しましょう。
ちなみに、ポケットが豊富についているタイプだと工具を入れておくことが出来るので便利です。
13.ツールボックス
メンテナンス工具をまとめておくためのものです。
別にそれぞれ単体で保管しておいても良いのですが、ボックスへまとめておくと楽に持ち運ぶことが出来るので現地のゲレンデのコンデションが違ったなんて場合にも迅速に対応することが出来ます。
注意
ご紹介した以上の品々ですが、本来ワックスがけに必要な物は1.2.4.6.8のみです。他のものは応用次第で別のものでも代用できますが、最も効率よく作業を回せる初期装備としてご用意いただいたほうが、後々発展させる上でも重宝すると思います。
また、上記にはご紹介いたしませんでしたが、外でホットワクシングを行う際はかなりカスや溶けたワックスがこぼれることと思います。
筆者の場合ベランダの手すりへスキーを固定して行うため、下の階のや周囲に居住の方々へご迷惑が掛からないようハンガータイプのシートを広くぶら下げております(工事現場にあるような物受けの様なものです)。
カスや蝋、またはスキーやアイロンを万が一落とされたとしても他の方々へ迷惑がかからず、かつ安全に回収できるような環境で行うことが大切です。ご近所トラブルを避けるためにも、上記のことには十分に気を配りましょう。
実践編
それでは早速ワックスをかけていきましょう。
全体の行程としてはベースワックス(1回目汚れ取り)→剥ぎ取り→ベースワックス(2回目下地作り)→剥ぎ取り→本ワックス→剥ぎ取り→仕上げといった流れです。
購入したばかりでまだ滑ったことがない板でしたら問題はありませんが、一度でもゲレンデなどを滑られたものであれば、必ず滑走面に汚れが付着しています。
その汚れを浮かせて拭き取ることができる汚れ取りスプレーなる便利なものが各社から発売されていますが、問題点として板を痛めやすいというのが挙げられます。リスク覚悟で汚れを取るよりは多少手間が掛かっても板を保護しながら取れる方が良いでしょう。
そこでベースワックスを使用します。滑走面へベースワックスを浸透させ、保護すると同時に細部の溝へ溜まった汚れも一緒に掻き出すことができるので一石二鳥です。
ちなみに、本シーズンが終わり、来シーズンまで板を保管したいと考えている方であれば、ベースワックス(2回目下地作り)で止めておくことで一年間板を熟成させることができます。
来シーズンのワックス行程は剥ぎ取り→本ワックスの流れまで短縮できるので予備知識として覚えておいて損はないでしょう。
1.スキーバイスを取り付ける
まずはスキーを固定するための土台となるスキーバイスを取り付けましょう。テーブルや手すりなど、ちょっとやそっとじゃ動かない台座へ取り付けることが重要です。
スクレーパーでワックスを剥ぐ時はかなり力がかかりますので不安定な土台だとすぐに倒れてしまいますよ。
取り付けたら一度スキーを乗せてみて、正しい位置か確認しましょう。ビンディングに干渉していたり長さが合わない様では正しいワックス掛けが出来ません。
2.ゴムで爪を固定する
滑走面へ爪が飛び出ている状態ではアイロンやスクレーパーの邪魔になってしまいます。かかとの下あたりにあるレバーを手でグッと押し、爪をビンディング側へ持ち上げましょう。
すかさず片方の爪へゴムを通し、グイッと引っ張ってから反対側と繋げて固定します。
これにより爪が固定され、作業がしやすくなりました。
3.スキーを固定
次にスキーを裏返してバイスで固定します。作業中に外れることがあってはいけないので、しっかりと固定しましょう。
4.アイロンを温める
まずはワックスの温度設定を確認しましょう。パッケージに必ず記載されているので、同じ温度にアイロンを温めておきます。
十分にアイロンが温まったらティッシュで底を拭いていきます。これは汚れやワックスのカスを一度拭き取りリセットする意味合いがあるため、必ず初めと終わり、別のワックスへ切り替える時などで行う様にしましょう。
不純物は出来るだけ少なくした方が、本来のパフォーマンスを発揮することが出来ますよ。
5.ベースワックス(1回目汚れ取り)
それでは、ベースワックスを塗っていきましょう。まずはアイロンで溶かしながらワックスを適量垂らしていきます。
火傷をしないようお気をつけください。この時注意すべきは、ワックスを垂らし過ぎないこと。後の行程で垂らしたワックスを伸ばしていきますが、その時に下へボタボタしてしまう様では溶かし過ぎです。
以外と伸びるものですので、気持ち少なめに保っておくのが上手なワックス掛けのコツですよ。
使用後のワックスは必ず元のケースへ戻すようにしましょう。
これは失くさないためという意味合いもありますが、大切なのは汚れや他のワックスとの接触を避けるためという保護柵の役割もあります。使ったら戻す、鉄則です。
次に垂らしたベースワックスを伸ばしていきます。ここで使用するのがアイロンペーパー。
同じ種類のワックスであれば破れるまで何度も使用できるので、上手に使いましょう。片方の端を手で持ち、反対側をアイロンと噛ませる形で滑走面を滑らせていきます。
必ずスキーの進行方向から後方へ流していきましょう。これを逆に行ってしまうと全く滑らない板が完成してしまいます。一度で滑走面全体にワックスが行き渡らせる必要はないので、2~3回繰り返します。
ポイントとしては、服にアイロンを掛けるのと同じで速過ぎても遅過ぎてもいけないということ。じっくり、板を労わりながら掛けていきます。
ただ、スキーの表側(ビンディングがある方)の表面を素手で触ってみて暖かいと感じたらそれは熱し過ぎの証。板が焼けてしまっているのですぐに冷ましましょう。
かなり気を使う作業ですが、ホットワクシングの肝はここにあると言っても過言ではありません。根気よく続けます。
滑走面がこの様にワックスの膜で覆われたらアイロン掛け完了の印。ティッシュでアイロンの底を綺麗にして一度置きましょう。
6.室温で冷ます
無事に滑走面全体にワックスが行き渡ったら、浸透させるために15~30分ほど室温で冷ましましょう。これはベースワックスでも本ワックスでも同じ。アイロン掛けたら時間を置く。身体に覚えさせましょう。
浸透させている間、もう一本の方も同じ流れでワックスを掛けていきます。
7.ベースワックスを剥がす
最も力がいる行程です。スクレーパーを使ってベースワックスを剥いでいきましょう。滑走面にスクレーパーの下部分が手前になるようにして置きます。
このまま進行方向から後方へずらして剥いでいきましょう。気をつけるべきことは、スクレーパーを逆の形で剥いではいけないということです。
滑走面を傷つけ、板を痛めてしまうため絶対に行わないでください。
慣れないと親指が痛くなったり腕が疲れることがありますが、これも根気よく続けることが大切です。先ほど塗ったワックスを全て剝ぎ取るまで、頑張りましょう。
全部剥ぎ取ったらワックスの効力がなくなっちゃうんじゃないの?とお思いかもしれませんが、ワックスの成分は浸透時間の中で滑走面の中へと吸収されているため、2日間ずっと滑っていても中々パフォーマンスが落ちることはありません。
むしろワックスを全て落とさないと、そこが引っ掛かりとなってライディングに支障をきたしてしまいます。
8.ベースワックス(2回目下地作り)
これで1度目のベースワックス剥ぎ取りが終わりました。汚れも一緒に掻き出せたため精神衛生的にも非常に気持ちがいいですね。
それでは2度目、下地作りとしてのベースワックスを塗っていきますが、ほとんど1度目の行程と変わりはありません。ティッシュでアイロンの底を拭いてから垂らし、ペーパーを挟んでワックスをまんべんなく伸ばしていきましょう。
塗り終わったら再び室内温度で浸透。もう一本も同じ行程で行います。
スキーを保管しようと考えている方は、一度ここでストップ。来シーズンまで板を熟成させておきましょう。
十分に浸透したら再び剥がしていきます。
9.本ワックス
ベースワックスを綺麗に剥がし終わったら、いよいよ本ワックスです。
ワックスの種類を変えるので、これまで以上にしっかりとアイロンを拭いてアイロンペーパーを取り替えましょう。温度設定の確認も忘れずに。しかし、主な行程はベースワックスと同じです。
本ワックスを垂らしてから、滑走面全体にまんべんなく塗っていきます。
これもまた室内温度で浸透させてからきっちり剥がしていきます。
10.仕上げ
仕上げにはブラシを使用します。
スクレーパーでワックスを完全に落とし終わった後でないとブラシ本来の効果が発揮できないのでご注意ください。
ブラシはスクレーパーでは取りきれない小さな溝に入ったワックスのカスや汚れを取り除くためのツールです。アイロンやスクレーパーと同じように進行方向から後方へ向かって掛けていきます。
グッと手を押し込みながら滑走面を後方へ滑らせていきます。逆方向へ流すのは絶対にしないよう注意しましょう。
あとはキッチンペーパー等で全体を拭きあげ、ゴムで止めていたビンディングを外せば全行程の終了です。こうして仕上がった板ですが、ワックスを塗りっぱと比較してみたのがこちら。
仕上がった板の方はツヤツヤと潤っており、非常に細かい溝が綺麗にグラデーションされています。この溝の役割は溶けた雪、つまり水滴を雪上との接触点から板の外側へ押し出すためのものです。このツヤと模様が出るか出ないかでパフォーマンスが大きく異なってきますので、綺麗なものが出せるよう頑張ってくださいね。
美しく仕上がった時は本当に嬉しいもので筆者はずっと頬ずりしたくなっちゃいます(滑走面を素手で触ると脂分がついてしまうので触れないようにしましょう)。
最後に、剥がしたワックスのカスも綺麗にお掃除して終了です。
ホットワクシングをしないとどうなるか
ここまでホットワクシングの方法をご説明してまいりましたが、色々と覚えることや用意するものがあって諦めかけている方もいるかもしれません。しかし、適切なメンテナンスを行わないと、滑走面が酸化してしまいます。
酸化?と聞かれてもピンとこないかもしれませんが、スキーが滑らなくなる要因の大きな一つはこの酸化によるものです。
以下の写真ですが、液体ワックスしか塗らず全く手入れをしていないスキー板と、今回筆者がワックス掛けをした板、2つのものをご用意しました。ご確認ください。
もはや一目瞭然でしょう。酸化が進んで白く変色してしまった滑走面はもはや液体ワックスのみでは雪上を綺麗に滑り降りることは出来ません。
滑走面全体を保護する役割を持つホットワクシングは、ベースワックスを剥がさずにさえいれば半永久的に酸化を防ぐことが可能ですが、液体ワックスはすぐに乾燥して蒸発してしまうため守るものが何一つない状態となってしまいます。
読者様の中にもご自身の板が酸化していてマズイと思われた方も多いのではないでしょうか。しかし大丈夫。今回ご説明した手順でワックス掛けをすれば、ある程度の段階までは復活させることが可能ですよ。
最後に
ホットワクシングの方法を今回はご説明いたしました。いかがでしたでしょうか。スキーがよく滑ればライディングも楽しいものとなり、密度の高い時間を過ごすことができるはずです。自転車の冬季トレーニングにも、レジャーにも応用できるスキルですので是非とも試してみてくださいね。
ウィンタースポーツに関するその他の記事はこちらをご覧ください!