ヘルメット着用は義務化すべき?

FRAME編集部では、日々自転車に乗っていて疑問に思う場面や自転車を取り巻く環境を例に、実際にどんな方法が有効なのか、日本で一番真剣に自転車乗りの権利を考えている*NPO法人自転車活用推進研究会事務局長の内海潤さんと考える連載を行っています。第11弾として今回はヘルメットについて考えてみたいと思います。

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FRAME読者の回答の主な回答はこんな感じでした。

子供とスポーツバイク乗りはかぶるべき

ノーヘルメットでスポーツバイクに乗る人に対して、自分の経験から「かぶったほうがいい」と言いたいけれど・・・というためらいも感じられました。では、ここで内海さんの回答をご紹介します。

ヘルメットを義務化すべきかどうかという話題

自転車事故で亡くなる人の64%は頭部損傷

義務化すべきかどうかについて考える前に、客観的なデータを押さえておきたい。交通事故総合分析センター(ITARDA)の資料によると2009〜2011年に自転車事故で亡くなった1,981名の内、原因部位ダントツ1位が頭部損傷で64%、2位が胸部で13%、3位が腰部で6%と続く。交通事故全体の死者数が年々減少傾向にあり2016年は67年ぶりに4,000人を割ったが、状態別死者数では歩行者と自転車運転者を足した死者数が全体の5割を超える異常な状態が続いており、日本ではクルマに乗っていた方が安全という他の先進国では類を見ない現象が起きている。ここ数年は全国で毎年500人超の方々が自転車乗車中に事故に遭って命を落としているが、中にはヘルメットをかぶっていれば助かった命もあっただろうと思うと、自転車の安全・快適性向上に従事する者としてはいたたまれない。

ヘルメットが命の分かれ目になることがある
ヘルメットが命の分かれ目になることがある

では、ヘルメットは義務化すべきなのか

もう一度生き返ってやり直せるとして、亡くなった方々へ自転車に乗る際にヘルメットをかぶるか質問できたとしたら、全員が「かぶる」と言うだろう。それは結果論であって生きている我々には選択権がある。かぶってリスクを減らすもよし、かぶらないメリットを取るもよし。これはたとえ話だが家に鍵をかけるかどうかと似ている。かければ空き巣に入られるリスクは減るが、かけずに出掛けたからと言って逮捕される訳ではない。鍵かけの義務化なんて話はナンセンスだ。本人が必要だと判断すればかければいい。スポーツバイクはスピードが出るから、ヘルメットをかぶった方がいいと思えばかぶればいい。逆にママチャリの人がかぶっていると違和感があるし、原付バイクのように義務化すれば乗らなくなる人が大勢出るだろう。ヘルメットの着用率が上がって事故死者数が減ることは喜ばしいが、結論から言うと義務化すべきでないと思う

ドアに鍵をかけるかどうかは自分の判断と責任、ヘルメットも同じ
ドアに鍵をかけるかどうかは自分の判断と責任、ヘルメットも同じ

議論の続くヨーロッパ、法律化した化したオセアニア

 同じような話は世界中にあって、義務化すべきかどうかの議論は日本に限った話ではない。オランダやデンマークでは道路の安全性向上によってヘルメットをかぶらない人がほとんどだ。サイクリストが急増しているイギリスでは交通事故死者数も増えたので、ヘルメットを義務化すべきだという声が周期的に大きくなるものの義務化には踏み切ってない。もっとも、安全性を重視するイギリス人たちは揃って蛍光イエローのウェアを着るし、ハンドサインも積極的に使ってドライバーとコミュニケーションしながら走っている。自己責任を重視する欧米人たちはヘルメット着用についても本人の選択に委ねているのだ。
一方でオーストラリアやニュージーランドなどオセアニアではヘルメットを全世代で義務化している街角にヘルメットの自販機があるし、シェアサイクルを借りる際にも着用が求められる。両国では法制化したことでサイクリストの数が約30%も減ったそうだ。気軽に乗れなくなるデメリットは大きい。各国が自転車利用を促進する背景には医療費や二酸化炭素の削減、渋滞の緩和など様々な狙いがあり、何としてもサイクリストの減少は避けたいところだ。オセアニアの教訓は欧米でヘルメット議論が再燃するたびに火消し役となっている。

ヘルメットから入ってスポーツバイクを買う人が増えた

最近のトピックとして愛媛県の事例を挙げたい。数年前に自転車事故で2人の高校生が亡くなったことから、県とPTAでお金を出し合って県立高校生全員に計3万個のヘルメットを配った。自転車通学の中学生にヘルメットを義務化する都市はあるが、多くは工事現場で使われるような穴の空いてないタイプで上からの落下物には効果があるものの、自転車で倒れた際の横からの衝撃吸収には向かない。お世辞にも格好いいとは言えず、ヘルメット嫌いを生むだけなので採用を見直した方がいい。愛媛県で配布したのは穴の空いたスポーツバイク用のヘルメットで色を男女それぞれ2色ずつ選ばせた。嫌がってかぶらないのではないかと言われたが、まったくの杞憂だった。それを見て一般市民がヘルメットをかぶるようになり、今ではママチャリのお母さんもかぶるようになって実に松山市民の68%が着用する驚くべき状態となっている。聞くところによるとヘルメットがスポーツバイク用なのに自転車がママチャリでは格好悪いと言ってスポーツバイクを買う人が増えたそうだ。首都圏ではスポーツバイクのニーズが一巡して最近は売れていないが、ヘルメットの着用率が上がれば自ずとスポーツバイクも売れるようになるのではないかという仮説も成り立つ。果たして鶏が先か、卵が先か? 実に興味深い。

スポーツタイプのヘルメットには、スポーツバイクがよく似合う
スポーツタイプのヘルメットには、スポーツバイクがよく似合う

かぶりたくなるヘルメットを作ってもらいたい

 ヘルメット着用の是非を巡って議論が起きる原因のひとつには、かぶりたくなるヘルメットがないからというのがある。各メーカーとも工夫を重ねて安全性の向上に努めているけれども、やはり進んでかぶってもらいたいからデザイン性に関しても更なる奮起をお願いしたい。頭を守るシェルが共通で上にかぶせる帽子の部分を変更できるタイプも出てはいるが選択肢が少なく、まだまだと言わざるを得ない。
会社として製品を提供する上で避けて通れないのが売上と利益が確保できるかという問題で、これまでにも参入と撤退を幾つか見てきた。スポーツバイクの愛好家が選ぶ軽くて通気性に優れたタイプだとママチャリには似合わない。逆にママチャリユーザーが欲しがる自転車用ヘルメットは見あたらない。その点、女性向けのオートバイ用ヘルメットはバリエーションが豊富で羨ましい。これからもっと女性の自転車愛好家が増えて欲しいので、勝手な意見だがヘアスタイルを乱さず汗を飛ばして、衝撃も吸収してくれる素敵なデザインのヘルメットが開発できれば一気に普及するのではと思うが、まったくの夢物語だろうか? すでに北欧で開発されたホーブディングという自転車用エアバッグもあるが高嶺の花である。

日本ではRITEWAYが扱っている、自転車用エアバッグ「ホーブディング」

ルール遵守の意識向上にもヘルメットが一役買う

毎年、東京サイクルデザイン専門学校(TCD)の1年生に議論してもらっているテーマが「自転車のルールを守ってもらうために何が出来るか」である。入学したての法知識のない状態で考えてもらうので、頭に大汗をかいて「難しい」を連発する学生が大半だ。そんな簡単に画期的なアイディアが出るはずもないのだが、法解説やルール講習は眠くなる授業の筆頭なので、参加者意識を持ってもらうために2012年の開校以来継続して行なっている。何も言わないでいると免許制だの、取り締まり強化や厳罰化といった北風政策オンパレードになるので、できるだけサイクリスト人口を減らさないよう太陽政策でプレゼンしてもらうようにしているが、今年の発表を聞いて、ふと思ったことがある。ヘルメットに関する提案が多いのだ。ヘルメットをかぶることで車両である意識が高まり、自ずとルール遵守の方向へ進むだろうという理論なのだが、残念ながら一般人向けのヘルメットがないという問題にたどり着いて空中分解する。考えてもらうことが目的なので今回はそれでいいが、全世界的に自転車の活用が進む中、メーカーには大きなビジネスチャンスだと、とらえ直してもらいたい

ヘルメットには大きなビジネスチャンスがある
ヘルメットには大きなビジネスチャンスがある

いかがでしたでしょうか。法令でヘルメットを義務化したことで逆に自転車人口が減ってしまったオセアニアの現象、考えさせられますね。「かぶったほうがいいよー」と友人知人には自分の経験をシェアしておき、実際かぶるかどうかは個人の判断に委ねるというのが大人の社会なのかもしれません。

*FRAME編集部の見解です

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WRITTEN BY内海潤

NPO法人 自転車活用推進研究会 事務局長 東京サイクルデザイン専門学校の非常勤講師として次世代の自転車人を育てる一方、イベントや講演会などを通じて自転車の楽しさや正しい活用を訴える活動を続けている。テレビへの出演多数。共著書に「これが男の痩せ方だ!」「移動貧困社会からの脱却」がある。別名「日本で一番自転車乗りの権利を考えている*事務局長」(*FRAME編集部見解)

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