那須町を自転車の聖地に。国際レース「ツール・ド・とちぎ」にかける那須町長の思いとは?

栃木で初めての自転車ラインレース、ツール・ド・とちぎが開催(写真・大会実行委)

3月31日から4月2日にかけて開催された「第1回ツール・ド・とちぎ」。UCI(国際自転車競技連合)が公認し、2年間で栃木県内の全市町を巡る本格的な自転車ラインレースです。大会2日目の第2ステージは茂木町から那須町までの102kmが舞台。プロロードチーム「那須ブラーゼン」のお膝元でもある那須町は、大会誘致など様々な機会をとらえて町の魅力を発信しようとしています。高久勝町長へのインタビューを、当日のレースの模様とあわせてどうぞ。

インタビューに応じる高久町長
インタビューに応じる高久町長

これがプロレースの熱気

スタート前の選手
スタート前の選手

茂木町を一斉にスタート

大会2日目の4月1日朝。スタートの茂木町は時折雨も混じるあいにくの天気ですが、会場には選手やスタッフ、レースを応援する地元の人々らが集まっています。特設ステージには各チームの選手が登壇。その鍛え抜かれた身体に度肝を抜かれ、さらに選手が乗るレース仕様のロードバイクの列や、ずらりと並んだスタッフカーがレースの雰囲気を盛り上げます。

ズラリ並んだレース車両
ズラリ並んだレース車両

チームカーも雰囲気を盛り上げる

第2ステージは上り獲得標高が1424m。アップダウンがありながら上り基調のコースです。10時にスタートし、102kmを駆け抜けて12時半にはもうゴールしてしまうのですから平均時速は約40km、その脚力や恐るべし。

選手のスタートを見送ったフレイム取材班は、ゴールで先回りすべく直ちにクルマで移動開始。途中、応援ポイントで観戦しようとしましたが、こちらが移動するよりも早くコースを駆け抜けていく選手。クルマよりも早いプロロードレース! 取材班は、レースのしんがりを務めるスタッフカ―と白バイが走り去るのをただ見送るだけでした・・・。

沿道には応援する人の姿が(写真・大会実行委)

気を取り直して那須へ北上。「道の駅 那須高原友愛の森」には何とか先回りを果たし、選手のゴールを待ちます。沿道には鈴なりの観客。しばらくすると、遠方に小さく見えたトップ集団の姿がみるみる近付いてきました。ゲート目前で選手はもがきながらゲートへ飛び込んでいきます。ゴーッというロードノイズがした刹那、観客に吹き付けるトップ集団の風圧。これがプロレースの熱気・・・!

沿道自治体のゆるキャラも駆けつけた

観客でにぎわうゴール会場
観客でにぎわうゴール会場

会場にはフードコートや最新機材の展示エリアが出現し、多くの来場者でにぎわっています。やがて始まった表彰式では、各賞を射止めた選手に主催者がトウガラシをあしらった王冠を授与。選手の健闘に会場から惜しみない拍手が送られていました。

混戦を振り切ってゴール!(写真・大会実行委)

表彰台に立つ選手(写真・大会実行委)

個人総合首位の選手を表彰する高久勝・那須町長

「3・11」きっかけにサイクルスポーツが定着

「サイクルツーリズムを那須町のブランド化に取り入れたいと思っています。それも行政がお膳立てするのではなく、町民が主役。行政は町民の自発的な取り組みとうまく連携を取りながら、町が一体となって進めていくということです」

大会第2ステージで、ゴールのホスト自治体として大役を果たした那須町。大会終了後、高久勝町長はこう話しました。

高久町長

観光地として知られる那須町では「那須高原ロングライド」が開催され、今回の大会に参戦したプロロードチーム「那須ブラーゼン」のお膝元でもあります。つまり、地域に自転車競技やサイクリングが定着しているということ。栃木県は宇都宮市が自転車活用の先進地として有名ですが、高久町長には「宇都宮市にも負けないくらい、独自の形で自転車文化を地元に根付かせたい」との思いがあります。

そのきっかけとなったのが6年前の東日本大震災。「県北地域のサイクリストが『こういう時こそ、何かイベントをやろう』と言い出したのです。震災直後に不謹慎では、との声もありましたが、沈滞気味だった地域を盛り上げよう、と熱気が高まり、震災から4ヶ月後の7月に実現。全国からライダーが800人も集まり、根強い自転車ファンがいることに私たちのほうが驚いたくらいです」と高久町長。同大会は回を追うごとに参加者数が増え、人気のロングライドとして定着しています。

そして翌2012年には那須ブラーゼンが発足。「チームを作るなんて無謀だ、と最初は思いました(笑)。でも発足して2年後の14年に全日本ロードレースで佐野淳哉選手が初優勝。そして翌年6月には全日本ロードレースの地元開催が実現し、さらに同8月にはチームを題材にしたNHK宇都宮放送局開局70周年記念ドラマ『ライド ライド ライド』が放映されました。チームの努力はもちろんですが、サポーターの応援、行政の支援などが時間をかけて実を結んでいったと思います」(高久町長)

とりわけ全日本ロードレース開催時には、人口約2万5千人の町に2日間で3万5千人が来訪。町の中心部に交通規制を行っての実施でしたが、町長いわく「町内には交通規制に難色を示す意見もありました。しかしフタを開けてみると、多くの観客が訪れ、しかも本物のレースに触れて住民の方々も感動する。ご高齢の方からも『すごい』『来年もまたやってほしい』との声をいただくほどの好評ぶり」だったそうです。

夢は「自転車の聖地」

今回の大会でも、選手を応援するフラッグ(のぼり旗)を地元ファンが沿道に立てたり、ゴール地点に多くのギャラリーが詰めかけたりするなど、自転車人気が地域に定着している様子がうかがえました。

「レースを観戦したり応援したりする人はもちろん、自転車に乗る人も増えています。今年3月には『那須サイクリング協会』が発足しました。ここ数年で自転車人気が一気に盛り上がってきた印象です」と高久町長。続けてこう話しました。

「考えてみれば那須町は信号が少ない一方で坂が多く、那須岳周辺はビューポイントに恵まれている・・・といった具合に、サイクリングに恵まれた土地柄なんですね。私たち自身が思っている以上に、サイクリストにとって那須は魅力的だということを、町も認識しはじめたところです。それで私も自転車に乗るようになりました。まあ、私には登り坂は辛いですが・・・(笑)」

昨年11月には広島県尾道市とサイクリング事業に関するパートナーシップ協定を結んだ那須町。ツール・ド・とちぎの開催をテコにしながら、海外のサイクリストも視野に入れたサイクルツーリズムの振興に力を入れる方針です。

「広島県は知事が自転車で100kmも平気で走る。私も負けていられません(笑)。しまなみ海道に代表される、西日本でのサイクルツーリズムの盛り上がりを東日本、ここ那須町で迎え入れたい」(高久町長)。那須街道を自転車で走りやすいよう整備したり、クロスバイクレンタルや自転車ガイドツアーを始めたりといった取り組みが町内で始まっているそうです。

そして高久町長は、「県下自治体が協力して取り組むこのツール・ド・とちぎも、続けることでやがてはツール・ド・さいたまに肩を並べ、追い抜くようなメジャーな大会になればいいと思っています。自転車レースは選手が本気で戦う姿にファンが惹かれる。そういった文化が地域に根付くには単発の取り組みではなく、続けることが大事」とも。「那須町を『自転車の聖地』と呼ばれるにふさわしい町にしたいですね」と話してインタビューを締めくくりました。

フレイム代表・中島と記念撮影!

斉藤円華

WRITTEN BY斉藤円華

ジャーナリスト/ライター、サイクリスト。本格的なサイクリング歴は高校以来30年近くにわたる。スポーツ自転車の好みが1980年代で停止したままとなっており、とりわけクロモリのホリゾンタルフレーム、ランドナーほかドロヨケ付自転車には目がない。自転車フリマを物色するのがここ数年のマイブームに。

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