熟練ジャーナリストが解説、サガンは失格に値するのか?物議を醸すUCIの判定

7月4日に行われたツール・ド・フランス第4ステージにおいて、ゴール手前でマーク・カヴェンディッシュ(イギリス、ディメンションデータ)を落車させたとして、ペテル・サガン(スロバキア、ボーラ・ハンスグローエ)が失格処分となった。また、カヴェンディッシュも右肩胛骨骨折により、第5ステージを出走しないことを発表している。果たしてサガンは失格に値するほどの違反をしたのだろうか? UCI(国際自転車競技連合)の判定が物議を醸している。

チームメイトに付き添われてゴールするカヴェンディッシュ。後に行われた精密検査で右肩胛骨の骨折が判明し、第5ステージのDNSが発表された ©A.S.O.

重大な違反は1回目でも失格となるが…

UCI規則によると、ステージレースで危険なスプリントを行った場合、1回目の違反では集団最下位に降格し、200スイスフランの罰金が課せられることとなっている。2回目の違反ではステージ最下位に降格し、200スイスフランの罰金が課せられる。そして、3回目の違反になるとレースからの除外と200スイスフランの罰金が課せられるという決まりになっている。さらに、重大な違反を犯した場合には、1回目でもレースからの除外と200スイスフランの罰金が課せられることとなっている。

今回の件では、ペテル・サガン(スロバキア、ボーラ・ハンスグローエ)が右から上がってきたマーク・カヴェンディッシュ(イギリス、ディメンションデータ)に対して故意に右肘をだして落車させたと判定され、「重大な違反を犯した場合には、1回目でもレースからの除外と200スイスフランの罰金が課せられる」という一番厳しい判定が下されたということになる。

UCIコミッセールパネル(審判団)の判定も二転三転している。暫定リザルトでは優勝したアルノー・デマール(フランス、FDJ)に次いでフィニッシュしたサガンが2位となっていたが、その後に30秒のペナルティが科せられ、集団最後尾のゴールと訂正された。これは「1回目の違反では集団最下位に降格し、200スイスフランの罰金が課せられる」というルールが適用されたものだ。暫定リザルトはメディアが発表したものだが、その後の集団最下位に降格という判断はUCIコミッセールパネルが絡んでいるはずだ。

しかしその後、UCIコミッセールパネルはこの判定を覆し、サガンの失格を決めたのである。そこには、現場のコミッセールの判断に対して反論することができる、大きな発言力を持つ者の力を感じる。

先にぶつかってきたのはカヴェンディッシュの方?

ゴール手前200m、落車する瞬間のマーク・カヴェンディッシュ(イギリス、ディメンションデータ)。ペテル・サガン(スロバキア、ボーラ・ハンスグローエ)が肘を出しており、これが落車の原因とされているが、各種動画を見れば明らかな通り、先に頭をぶつけてきたのはカヴェンディッシュの方で、すでにその時点でカヴェンディッシュはバランスを崩し、落車はさけられない態勢になっていた ©A.S.O.

ゴールスプリントの空撮映像を見てみると、デマールの動きが一連の事件のきっかけとなっていることがわかる。先行するアレクサンデル・クリストフ(ノルウェー、カチューシャ・アルペシン)をデマールが右から追い抜き、それにサガンとカヴェンディッシュが続いたのである。デマールはその後、進路を左に変え、ナセル・ブアニ(フランス、コフィディス)の前を斜行して、ブアニのバランスを崩している。スプリント中、一瞬でも踏むのを止めれば、もう勝つチャンスはなくなる。こういった動きを、スプリンターは頭で考えて行うのではなく、本能的にやってのけるのだ。カヴェンディッシュが落車しなければ、むしろデマールのブアニに対する動きの方が問題になっていただろう。カヴェンディッシュの落車骨折リタイア、サガンの失格があまりにも大きなニュースになってしまったので、ブアニもデマールに対して抗議する雰囲気ではなくなってしまったというのが本当のところではないだろうか。

ステージ優勝したアルノー・デマール(フランス、FDJ)。フランス人スプリンターによる勝利は久しぶりで、本来ならフランス中がこのニュースで湧くはずだったが、サガン失格のニュースにかき消されてしまった感がある。デマールのスプリントも、ナセル・ブアニ(フランス、コフィディス)の前を斜行するなど、あまり美しいものとはいえなかった ©A.S.O.

さて、サガンに続いたカヴェンディッシュは、右から進路をこじ開けようとサガンに対して先に頭をぶつけていることがわかる。後ろに目がついているわけではないから、サガンはこれに対してかなりの身の危険を感じただろう。反射的に右肘を出して防御したのは、ある意味仕方のないことだったように思う。

さらにいえば、サガンが肘を出す前に、すでにカヴェンディッシュはバランスを崩しており、仮にサガンの肘が出なかったとしても、恐らくカヴェンディッシュは落車していただろう。ほとんど、自爆ともいえる落車だったのである。

後味の悪い判定

いずれにしても、今回のUCIの判定は非常に後味が悪い各選手がツィッターなどに載せているコメントを読んでみると、みな一様にサガンに対して同情的だ。集団スプリントは、いつも危険と隣り合わせである。だからこそ、お互いにリスペクトし合いながらスプリントをする。サガンが「故意に」カヴェンディッシュを落車させたのでないことは明らかであるし、そのことはカヴェンディッシュだって理解しているはずだ。

そのことは、現場のコミッセールだって理解していたのだろう。最初に下された判定が30秒のペナルティだけだったことからも、それがよくわかる。『理由はどうであれ、カヴェンディッシュを転ばせてしまったことは事実なのだから、まあこれくらいの罰則は受け入れろよ。総合成績ではなくマイヨヴェールと区間優勝を狙っている君ならば、この判定なら受け入れられるだろう』という意思が感じられる。

サガンが所属するボーラ・ハンスグローエは、正式にUCIに対して抗議をした。恐らく判定が覆ることはないだろうが、この後も今回の判定については議論が尾を引くことになるだろう。いずれにしても、ツール・ド・フランスは、6年連続のマイヨヴェールに挑んだ大スターと、ステージ優勝の数を30からさらに伸ばそうとしていた大スターを2人とも失ってしまったことになる。この先のステージで、このような後味の悪い結末を二度と見ないことを願いたい。

レース後、カヴェンディッシュのもとへ謝罪にいったサガン。普段2人はとても仲が良く、お互いをリスペクトしている ©A.S.O.

ツール・ド・フランス 第4ステージ 207.5km

【リザルト】

1 アルノー・デマール(フランス、FDJ)4h53’54”
2 アレクサンデル・クリストフ(ノルウェー、カチューシャ・アルペシン)
3 アンドレ・グライペル(ドイツ、ロット・スーダル)
4 ナセル・ブアニ(フランス、コフィディス)
5 アドリアン・プティ(フランス、ディレクトエネルジー)
6 ユルヘン・ルーランツ(ベルギー、ロット・スーダル)
53 新城幸也(日本、バーレーン・メリダ)
DQ ペテル・サガン(スロバキア、ボーラ・ハンスグローエ)

個人総合

1 ゲラント・トーマス(イギリス、スカイ)14h54’25”
2 クリス・フルーム(イギリス、スカイ)+12″
3 マイケル・マシューズ(オーストラリア、サンウェブ)
4 エドヴァルド・ボアッソンハーゲン(ノルウェー、ディメンションデータ)+16″
5 ピエール・ラトゥール(フランス、AG2R)+25″
6 フィリップ・ジルベール(ベルギー、クイックステップ)+30″
100 新城幸也(日本、バーレーン・メリダ)+3’21”

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WRITTEN BY仲沢 隆

仲沢 隆 自転車ジャーナリスト。早稲田大学大学院で、ヨーロッパの自転車文化史を研究。著書に『ロードバイク進化論』『超一流選手の愛用品』、訳書に『カンパニョーロ −自転車競技の歴史を“変速”した革新のパーツたち−』がある。

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