自転車はどんな時にどんな歩道を通っていいのか?

なぜ日本では自転車が歩道を通っていいのか、歴史を振り返ってみると

 海外旅行でアメリカやイギリスなどに行くと「自転車は車両」として、自転車が歩道を走ると違反切符が切られたり警告を受けたりする。日本人の感覚では「ちょっと自転車で歩道に乗り上げるだけ」でもダメなのだ。

歩道整備が進んだのは明治時代になってから


▲Author: Felice Beato An ancient Japanese highway 江戸末期の東海道
そもそも江戸末期まで街道で車輪の使用を禁じていた日本では、元々歩道という概念が希薄だった。東海道や中山道といった江戸から伸びる五街道を筆頭に、単に◯◯道と定め、人と馬や駕籠も一緒に往来していたが、馬車が走り始めた幕末から明治にかけて、歩道が整備されはじめた。

1898年(明治31年)に自動車が初めて輸入され、1907年(明治40年)に国産で初めてガソリン自動車が実用化されると、歩道の必要性が論じられるようになった。大正時代に街路構造令が出され、一定条件下での歩車道分離が盛り込まれたのをきっかけに、少しずつ歩道整備が進んでいった。車道から段差を設けて設置されることが多いが、これは安易な歩道へのクルマの乗り入れを防ぎ、雨水を車道へ流すといった、歩行者の歩きやすさを確保する役割を担っている。

 第二次世界大戦後には著しい復興によるモータリゼーションによって交通戦争が起きたため、1970年代から本格的に歩道が作られた。その結果、1972年(昭和47年)時点で5,590kmだったのが3年後の1975年には39,000km、2005年(平成17年)には155,786kmまで延長されている。とは言え、国内の道路総延長距離1,222,318.6kmから見ればわずかで、歩道の割合は約13%に過ぎない。

車が怖ければ歩道に上がってもいいけれど


 都市部では歩道のある道路が当たり前だけれども、郊外部へ行くと車道だけの道路が大半だ。歩道のない道路では車道外側線の外側を路側帯と呼び〈歩道に準ずる部分〉としているが、滅多に歩く人もおらず、もっぱらクルマやオートバイで移動するので大きな問題にはなっていない。むしろ歩道のある郊外道路では、誰も歩道を歩かないので自転車は歩道を走った方が安全なのではないかという意見もある。

さまざまなシチュエーションがあるので、一概に歩道が安全かどうかは断言できないが、自転車は「原則車道の左側走行」という法の精神は遵守しつつも、路肩が狭い車道の場合は脇を走るクルマの風圧も強く、怖いと思ったら歩道へ上がってもいいとされているから通ればいい。

 自転車事故を分析すると圧倒的にクルマと衝突して発生しているのだが、自転車と歩行者の事故がクローズアップされてしまう理由は、自転車事故の割合は増加傾向にあり、中でも対歩行者では増加しているからなのだが、そもそも1970年代に緊急避難という名目で自転車を歩道通行可にして、歩行者と共存させようとした施策が間違っていたからにほかならない。

「歩道」と「自転車歩行者道」の違いを知っていますか

狭い歩道にも「自転車歩行者道」の標識が
▲狭い歩道にも「自転車歩行者道」の標識が

 全国に155,786kmある歩道のうち、標識によって自転車の通行が許可された自転車歩行者道は68,992km(いずれも2005年)で歩道延長の44.2%しかない。つまり自転車が通ってもいい歩道は全体の半分以下しかないのだが、その事実を知る人は大変少なく、目の前にある歩道を自転車で通っていいかどうか判断して運転している人は皆無に近い。

警察官でさえ歩道なのか、自転車歩行者道なのかの判断をしていないのに市民に徹底させるのは無理なので、標識のあるなしに関わらず自転車の歩道通行が常態化してしまっているのが現状だ。本来であれば自転車通行不可の歩道は押して歩くか(自転車を降りれば歩行者になる)、車道を走らなくてはならないのだが、幅が2mに満たない歩道にも「自転車歩行者道路」の標識を設置していった時期があり、どう考えても歩行者と自転車がすれ違えない状況を作り出してしまった。

これも「走り出したら止まらない」と揶揄される日本のお役所仕事の典型で(当時の官僚たちはよかれと思ってやったことだが)、実に嘆かわしい。

歩道を走行して交差点に降りると「逆走」になることがある

亀戸の交差点。この先は歩道がないため、逆走自転車となる
▲亀戸の交差点。この先は歩道がないため、逆走自転車となる

 1960年に道路交通法(以下、道交法と略)ができて以来、自転車の走行空間は「原則車道の左側」から変わっていないのだが、1978年に自転車歩行者専用という標識を作り、普通自転車(全長190cm、全幅60cm以内)という概念まで導入して自転車に天敵のいない新天地を与えた。自転車は歩道上では車道寄りを通ることになっているが相互通行可能なので、自転車同士が相対した場合は相手を右に見つつ、いざという時は互いに左へハンドルを切って避けて対処している。

 しかしながら、クルマと逆向きの自転車は、そのまま歩道を走行して交差点に出ると逆走自転車になってしまう。この不具合を解消するため、歩道上も左側通行のみにすべしという声があるが、徹底は困難で混乱を招くだけなので、むしろ車道の左側に自転車の走行空間を集約させることを推進し、歩道通行については車道上の走行空間が整備されるまでの移行期間として残すものの、徐々にフェードアウトさせる予定だ。

 かつて東京都は歩道を広く取って色分けし、普通自転車通行指定部分として主に整備して来たが、車道徹底方針を受けて軌道修正中だ。しかし、例えば山手通りに作ってしまった指定部分など、大金を投じただけにすぐには廃止できない。責任問題になってしまうからだ。従って指定部分は当面は残るが、ここにも辻褄合わせの弊害がある。道交法第63条の四の2「当該指定部分に歩行者がいない場合は安全な速度と方法で進行することができる(要約)」が適用となり、歩道上における自転車の徐行義務が解除されるのだ。もはや一般人には理解不可能の複雑怪奇なルールとなっている。

山手通りの歩道。自転車と歩行者を色分けしている
▲山手通りの歩道。自転車と歩行者を色分けしている

1970年に自転車が歩道へ上げる際には、実はバトルがあった

 1970年代に自転車を歩道へ上げると決めた際のやり取りが国会会議録に唯一の公式記録として残っているが、元プロ野球選手の上林繁次郎参議院議員(故人)が自転車を歩道に上げるに当たり、どのような施策や施設でもって歩行者を守るのかという質問を投げて、警察庁交通局企画課長の鈴木良一氏が答弁している。この上林繁次郎という議員は先見の明があり、車道が大変危険な状況にあってやむを得なかったとはいえ、自転車を歩道に上げることありきで、答弁が法の解釈に終始していることに激怒している。鈴木課長の答弁内容は以下の通り。

  •  もともと自転車の歩道通行は標識により認めている
  •  ただし前方に歩行者がいる場合は自転車から降りて押す
  •  なお、自転車は自転車歩行者道の車道寄りを徐行する
  •  ちなみに徐行とは時速4〜5kmぐらいのことだと思う

 どうやら鈴木課長は自転車に乗らない人だったようだ。時速4〜5kmではフラフラしてしまい、まともな運転が難しいので警察庁が後年、徐行=すぐに止まれる速度=50cm以内で止まれる速度と具体的に定義し実験を行ったところ、ママチャリは重くブレーキ性能も低いので時速6km、スポーツバイクは軽くブレーキ性能も高いので時速8kmなら50cm以内で停止できるという結果を得て、自転車の徐行速度を時速6~8kmと定めたが、残念ながら広く周知されることなく今日に至っている。歩道の見分け方もさることながら徐行義務を知らない警察官までいるようだ。警察庁自ら車道徹底と言いながら部内職員たちが歩道を徐行せずに並んで走っているのだから市民に対して全く示しがつかない。

歩道を並走する警察官
▲歩道を並走する警察官

電動アシスト自転車で歩道は通行不可?


▲電動アシスト自転車は重量が重いことが多い

昨今では人々のニーズに応える形で電動アシスト自転車が広く普及したが、ひと漕ぎふた漕ぎすれば、あっという間に時速10kmを超えるシロモノである。昨年末に川崎で20歳の女子大生が両手に物を持ち電動アシスト自転車を漕ぎ出したところ、3m先を歩いていた老婦人と衝突し死亡事故となった。この女子大生は書類送検されることになったが、前を見て両手に物を持たずに運転していれば恐らく死亡させることはなかっただろう。

 電動アシスト自転車の場合、歩道を徐行することは極めて難しいので車道を走ってもらいたいが、どうしても歩道を通りたい場合は、安定しない漕ぎ出し部分だけアシストを効かせ、安定したら一旦スイッチオフにして徐行してほしい。電動アシスト自転車に親子3人で乗る場合、自転車本体の重さも合わせると100kgを超えることもある重量物なので、強力なブレーキが装備されていてもすぐには停止できないし、歩行者を跳ね飛ばすだけの運動エネルギーを持っている。

自転車は歩道を通ってもいいが「走ってはいけない」


▲歩道で一番優先されるべきは「歩行者」

新聞や雑誌の取材を受けた際に「でも自転車は歩道を走っていいんですよね?」と記者たちによく訊かれるが、「歩道は通ってもいいが、走ってはいけない」と伝えると、しばしキョトンとした顔をされ、ややあって「ああ、なるほど」と理解してくださる。事故を起こしてしまい取り返しのつかないことになる前に、心のブレーキをかけておきたい。

 あくまで歩道では歩行者優先。電動アシスト自転車は本来の走行性能を発揮させるのではなく、前に人がいて追い抜けない場合は自転車側が降りて押し歩くか、お子さんを乗せた状態で押し歩くのはバランスが崩れてかえって危険なので車道を走ってもらいたい。「子どもを乗せているから歩道を走らせて」という理屈は残念ながら通らない。弱者保護の観点から言えば歩道の最弱者は白杖の視覚障がい者であり、車椅子であり、高齢者である。比較論になるが車道では「か弱き存在」でも、歩道を高速で走る自転車は歩行者の天敵であり、強者に属することを改めて認識してほしい。

押せば歩行者、乗れば車両。自転車って一体なに?

 自転車歩行者道に似て非なる物に自転車歩行者専用道があるが、標識は同じ青地に父娘の歩行者と自転車が描かれている例のやつで、こちらは車道と独立して整備されているサイクリングロードなどが指定されている。ただ「サイクリングロード」とは名ばかりで歩行者も通っていい道だから、自転車本来の性能を発揮してはいけないことがお分かりいただけるはず。他方、標識に父娘のみ描かれた歩行者専用道の指定がある道は本来歩行者しか通れないはずなのに、日本では標識の下に「自転車を除く」と書いてあったりするので余計にややこしい。

上が「自転車歩行者専用道」、下が「歩行者専用道」

上が「自転車歩行者専用道」、下が「歩行者専用道」
▲上が「自転車歩行者専用道」、下が「歩行者専用道」

 このように自転車を歩道に上げてしまった過去のミスディレクションのせいで、辻褄合わせを重ねて来た黒歴史は簡単に拭い去れないが、2011年に警察庁が重い腰をあげて、あるべき姿へ戻そうと大きく舵を切ったので、歩道問題において大きな転換期を迎えている。

ただし巨艦は簡単に向きを変えられない。舵を切ってから実際に変わるまでには、しばらく時間がかかる。多くの方々に関心を持ってもらい議論を重ねたい。

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WRITTEN BY内海潤

NPO法人 自転車活用推進研究会 事務局長 東京サイクルデザイン専門学校の非常勤講師として次世代の自転車人を育てる一方、イベントや講演会などを通じて自転車の楽しさや正しい活用を訴える活動を続けている。テレビへの出演多数。共著書に「これが男の痩せ方だ!」「移動貧困社会からの脱却」がある。別名「日本で一番自転車乗りの権利を考えている*事務局長」(*FRAME編集部見解)

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