ロードレースの不思議2:役割と、信頼と。スーパードメスティーク「アシスト」の働き
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2017年ジロ・デ・イタリアはアシストの働きが目立つレースだった
5月28日、トム・デュムラン(オランダ、サンウェブ)の鮮やかな逆転勝ちで幕を閉じたジロ・デ・イタリア。今年はデュムランとナイロ・キンタナ(コロンビア、モビスター)、ヴィンチェンツォ・ニーバリ(イタリア、バーレーン・メリダ)の三つどもえの戦いはとても見応えのあるものだった。しかし、ここでは視点をちょっと変えて、アシストの働きについて掘り下げてみよう。
グランツールと呼ばれるツール・ド・フランス、ジロ・デ・イタリア、ブエルタ・ア・エスパーニャ、あるいはロンド・ファン・フラーンデレンやパリ~ルーベ、リエージュ~バストーニュ~リエージュに代表されるクラシックレースでは、どうしても各チームのエースを務めるスター選手にばかり注目が集まってしまう。しかし、本場のコアなレースファンたちは、エースの活躍だけでなく、その陰に隠れたアシストの働きに惜しみない賞賛を送る。アシストの働きなくして、エースの活躍はないということを、よくわかっているからだ。
たとえば、第18ステージで優勝したティージェイ・ヴァンガーデレン(アメリカ、BMCレーシング)の影には、スーパーアシストであるマヌエル・クィンツィアート(イタリア、BMCレーシング)の献身的な働きがあった。平坦ではヴァンガーデレンの牽引役となり、エースに体力を使わせないようにした。そして、登りに入っても常に前を走ってペースメイクをするとともに、ヴァンガーデレンに精神的な余裕を与えることもできた。このクィンツィアートの働きがあったからこそ、ヴァンガーデレンは最終的な局面まで体力を温存することができ、それがステージ優勝に結びついたわけである。
他チームでも協力しあう「協調」
レースでは、さまざまな利害が一致したときに、選手たちは他チームの選手と協調を結ぶ。たとえば、ゴール前まで少人数で逃げたいとき、違うチームに所属する選手どうしであっても、きれいにローテーションを回して走るのはそのためだ。少人数の集団ができるまでは敵どうしだが、集団ができたらゴール前200mまではお友達、そして、そこからゴールまではまた敵どうしとなるわけである。これは「アシスト」というよりは「協調」なのだが、自転車ロードレースを理解する上でとても重要なファクターであると言えよう。
チームを越えたアシスト、あるいはアシスト的な働きとして、忘れられない出来事がある。2015年のジロ・デ・イタリア第10ステージで起こった「事件」である。総合3位につけていたリッチー・ポート(オーストラリア、チームスカイ、当時)がパンクで遅れたとき、まわりにチームカーがおらず、ポートは窮地に陥ってしまった。それを助けたのは、なんと違うチームに所属するサイモン・クラーク(オーストラリア、オリカ・グリーンエッジ、当時)だった。同じオーストラリア出身のポートを助けたいという一心でクラークは自分のホイールを差し出し、チームスカイはアシストの数を減らすことなくポートを集団へと引き上げる走りをすることができたのである。
UCI(国際自転車競技連合)のルールでは、「他チームからの機材アシストを受けてはならない」という決まりがあるため、結局ポートは2分のペナルティを受けることとなったが、もしそこでクラークからホイールを受け取っていなかったら、2分のロスどころでは済まなかったかもしれないのだ。
これはチームの枠を越えて、同国出身の選手どうしの絆から生まれる行為であるが、これと似たようなことは「かつて同じチームに所属していた」とか「同じ地域に住んでいて練習仲間である」とか「来年は移籍してチームメイトになるから」とか、さまざまな人間関係から生まれる。今回のジロでは、第20ステージがその典型的な例であった。先行するニーバリ、ティボー・ピノ(フランス、FDJ)、そしてマリアローザのキンタナのグループと、それを数10秒の差で追うデュムラン、ボブ・ユンヘルス(ルクセンブルク、クイックステップフロアーズ)、アダム・イェーツ(イギリス、オリカ・スコット)、バウケ・モレマ(オランダ、トレック・セガフレード)のグループという構図になったのだ。
ドゥムランを鬼引きし続けたユンヘルス、なぜ?
最終日の第21ステージは個人タイムトライアル。ここで逆転するためには、デュムランはキンタナやニーバリとの差を最小限に食い止めないといけない。ユンヘルスとイェーツは新人賞のマリアビアンカをかけていたが、タイムトライアルの得意なユンヘルスは、最終日にイェーツを逆転する自信があったので、その時点でマリアビアンカを着ていたイェーツさえマークしていれば良かった。しかし、ユンヘルスはそれをよしとはせず、デュムランを積極的に引き、キンタナのグループからわずか15秒しか遅れずにフィニッシュしたのだった。
ここに見えるのは、オランダのデュムランとモレマ、同じベネルクス三国であるルクセンブルクのユンヘルス、そして民族的にはラテンよりはゲルマンに近いアングロサクソンのイェーツという関係である。逃げていたのがラテン系のキンタナ、ニーバリ、ピノというのも、この協調に微妙に影響していたのかもしれない。
ゴール後、デュムランは「私は一生、モレマ、ユンヘルス、イェーツへの感謝の気持ちを忘れない」と、いっしょにキンタナやニーバリを追った仲間への賞賛の言葉を惜しまなかった。そして、翌日の最終第21ステージの個人タイムトライアルでキンタナやニーバリを逆転し、見事総合優勝に輝いたのである。
レースを見るとき、どこの国の選手なのか、どんな言葉をしゃべっているのか、民族的な背景はどんななのか、かつて所属していたチームはどこか、移籍しそうなチームはどこか、などの要素を知っておくと、より面白くなることは間違いない。7月のツール・ド・フランスでは、選手名鑑片手に観戦してみるのも一興だ。
個人総合成績(マリアローザ)
1 T.デュムラン(オランダ、サンウェブ)90h34’54”
2 N.キンタナ(コロンビア、モビスター)+31″
3 V.ニーバリ(イタリア、バーレーン・メリダ)+40″
4 T.ピノ(フランス、FDJ)+1’17”
5 I.ザカリン(ロシア、カチューシャ・アルペシン)+1’56”
6 D.ポッツォヴィーヴォ(イタリア、AG2R)+3’11”
ポイント賞(マリアチクラミーノ)
1 F.ガビリア(コロンビア、クイックステップ)
山岳賞(マリアアッズーラ)
1 M.ランダ(スペイン、スカイ)
ヤングライダー賞(マリアビアンカ)
1 B.ユンへルス(ルクセンブルク、クイックステップ)