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落車で頚椎(けいつい)の内側部分である頚髄(けいずい)を損傷した2つのケース
自転車好きの大物政治家や「弱ペダ俳優」がロードバイク事故でケガ。いずれも「頚髄(けいずい)損傷」と診断され、療養やリハビリを余儀なくされています。頚髄は頚椎(けいつい:首を支える7個の骨)の内側部分ですが、そもそも頚椎ってどんなしくみで、ケガするとどうなるの?
もっというとロードバイクって頚椎や頚髄(けいずい)をケガしやすいの? そんな疑問を自転車乗りで著書もある整形外科の先生にきいてみました。
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ロードバイクのケガのことを教えてくれたのは自転車女医リエチ先生
質問に答えてくれたのは、「リエチ先生」こと整形外科医の蔵本理枝子先生。自転車乗りでロングライドなどの出場経験を持ち、『自転車女医のサイクリニック』(ドロンジョーヌ恩田・共著、枻出版社)などの本も執筆しています。
頚椎とは脊髄(せきずい)が通る重要部分。支える頭の重さは約5キロ!
――そもそも頚椎って体のどの部分を指すのですか?
「脊椎(せきつい)動物である人の体は頭から腰へと脊椎、つまり背骨がつらなっています。このうち頚椎は、背骨の中でも首の部分を占める7つの骨の部分を言います。ちなみに胸の部分の背骨が胸椎(きょうつい)、腰の部分は腰椎(ようつい)です」
――どんなしくみで、体のどんな役割を担っていますか?
「頚椎の7つの骨は椎間板と呼ばれるクッションや関節でつながっていて、前後や左右に捻る方向にもよく動くようにできています。背骨にはその中心がトンネルのようになっていて(脊柱管)、そこを脳から伸びる太い神経の幹、脊髄(せきずい)が通っています。
そして脊髄からは、上下に接する背骨の間の通路(椎間孔)を通って、左右一対の神経根と呼ばれる脊髄神経が分かれ出ています。頚椎から出る神経根は呼吸や腕、手指の動きなどに関係しています。
このように頚椎は神経の重要な通り道なのですが、さらに重さ約5キロもある頭部を支える役割も担っているのです」
「ムチウチ」よりも深刻!? 頚椎ケガで起こるリスク
――頚椎をケガするとどうなりますか?
「例えばクルマに乗っていて後ろから追突されたことで首を痛めた、というケースがありますね。この時、頚椎の関節が事故の衝撃でいつも以上に大きく動いたことで『頚椎捻挫』が起きていることがあります。
しかも捻挫した頚椎を守ろうと筋肉もこわばっている所に、重さ5キロの頭部が常に乗っている。頭を支えながら損傷を治していくことになり、完治まで時間がかかることも多いです。また、頸椎捻挫にともなって頸椎の神経根に損傷がおこると、肩から腕にかけて痛みやしびれ、脱力などが起こることがあります。これは自転車でもよくあるケガのひとつです」」
――では頸髄(けいずい)の損傷は、それよりも深刻なのでしょうか?
「頸髄(けいずい)損傷は脊柱管の中の脊髄そのものがダメージを受けます。例えば頚椎が脱臼したり骨折したりするなどして、脊柱管が狭くなることで、そこを通る脊髄が圧迫され損傷を受けるケースです。加齢などによる頸椎の変形で、脊柱管が狭いために軽い外傷で頚髄損傷を起こすこともあります
頸髄(けいずい)損傷と報じられた政治家や俳優の方が、具体的にどんな症状にあるのかを私は知りません。ただし一般的な症状としては、頚椎のダメージを受けた場所や損傷の状態にもよりますが、四肢や体幹のしびれや運動麻痺、排せつや自律神経、呼吸の麻痺などが起こります。
また、強い圧迫などで脊髄の断裂が起きれば、そこから下の体が麻痺して動かなくなってしまうような深刻なケースもあります」
自転車でのケガの7割はすりきずなどの軽症、首の受傷時は早めに治療を
――では自転車に乗る時、頚椎や頚髄(けいずい)のケガを防ぐには何か良い方法があるでしょうか。安全運転に徹するより方法がなさそうにも思えますが・・・
「実は、自転車乗車時のケガで一番多いのは首ではありません。『自転車女医のサイクリニック』でも書きましたが、擦過傷(すりきず)や打撲、ねんざが全体の7割を占めることが統計データから判っています。
ですから自転車のケガで、頚椎や頚髄(けいずい)のケガだけをクローズアップして過剰に恐れる必要はないと言えます。ただし発生の割合は少ない一方、頚椎や頚髄(けいずい)をケガすれば症状が重くなる場合もあることは知っておくべきです」
――万一、転倒するなどして首に大きなダメージを受けたら?
「首の強い痛みや四肢の麻痺が少しでもある場合は、首をできるだけ動かさず、助けを呼びます。そして、できる限り早く診察を受け、頸椎や頚髄(けいずい)の損傷が明らかになれば、速やかに治療すべきです。
事故などにより頚椎の脱臼や骨折で頚髄(けいずい)を圧迫した場合には、緊急手術で圧迫を取り除く必要があります。早く手当てすればその分、回復の可能性も大きくなります。ヘルメットが傷ついているときは首のダメージがあると考えて注意しましょう。
ちなみに私も過去、ホノルルセンチュリーライドに出場した際に落車転倒したことがあります。頭を強打し、ヘルメットが割れました。首が捻挫して、一時的に手のしびれが起こりました。私の場合は神経根の軽い損傷で、脊髄の損傷には至らず、ヘルメットをかぶっていたことで頭部を守ることができました。
車道左側通行や交通ルール順守といった安全運転は前提ですが、自転車に乗る時は必ずヘルメットをかぶって、もしもの事故に備えることが大事ではないでしょうか」
怖がり過ぎなくてもいい、知識があなたを守ります
ロードバイク事故と頸髄(けいずい)損傷がニュースでセットに取り上げられたことで「ロードバイク事故≒頚椎や頚髄(けいずい)の損傷で重大マヒ!?」といった極端な印象を抱きがちですが、実際には「ロードバイクを含む自転車事故イコール頸髄(けいずい)損傷」ではありません。
他方、自転車に乗っていれば重大な事故やケガに遭うリスクもゼロにはできません。頚椎や頚髄(けいずい)にダメージを受けるとはどういうことかを、自転車乗りとして知っておくのは身を守ることにつながります。
そして確実に言えるのは、安全運転やヘルメットの着用はケガのリスクを減らすために必要だということ。蔵本先生、ありがとうございました!