熟練ジャーナリストが2018ツアー・ダウンアンダーから予想する「今年のツールの勝者」とは?

1月16日から21日まで、オーストラリア・南オーストラリア州アデレード周辺で、6日間のステージレース「ツアー・ダウンアンダー」が行われた。その年初めてのワールドツアーレースということで、近年「開幕戦」という位置づけが強くなり、注目度も増しているツアー・ダウンアンダーであるが、今年はダリル・インピー(南アフリカ、ミッチェルトン・スコット)が優勝候補筆頭のリッチー・ポート(オーストラリア、 BMCレーシング)との接戦を制して総合優勝を果たした。

スプリントの優勝候補たちが勝利を分け合う !?

第2ステージを制したケイレブ・ユアン(オーストラリア、ミッチェルトン・スコット)
▲第2ステージを制したケイレブ・ユアン(オーストラリア、ミッチェルトン・スコット)。地元期待のユアンだったが、今年はこの1勝にとどまった (C)TOUR DOWN UNDER

ツアー・ダウンアンダーは、平坦基調のステージが多いレースである。第1、第2、第3、第4、第6ステージと、実に6ステージ中5つのステージがスプリンターに有利なコースレイアウトとなっていた。実質的に、勝負は第5ステージだけで決まってしまうというわけである。

今年のスプリントの優勝候補としてはペテル・サガン(スロバキア、ボーラ・ハンスグローエ)、アンドレ・グライペル(ドイツ、ロット・スーダル)、ケイレブ・ユアン(オーストラリア、ミッチェルトン・スコット)、エリア・ヴィヴィアーニ(イタリア、クイックステップフロアーズ)らの名前が挙がっていた。

第3ステージを制したエリア・ヴィヴィアーニ(イタリア、クイックステップフロアーズ)
▲第3ステージを制したエリア・ヴィヴィアーニ(イタリア、クイックステップフロアーズ)。チームスカイからクイックステップフロアーズへ移籍して、さっそく結果を出した (C)TOUR DOWN UNDER

今年は面白い現象が起こった。これらスプリントステージの優勝候補たちが、仲良く勝利を分け合った形になったのだ。第1ステージはグライペル、第2ステージはユアン、第3ステージはヴィヴィアーニ、第4ステージはサガン、そして最終第6ステージは再びグライペルが獲ったのである。もちろん、申し合わせたわけではないだろうから、これら選手たちの実力が伯仲していると言うことの現れだといえるだろう。

ポートの誤算とインピーのしたたかさ

第5ステージのウィランガヒルを独走で制したディフェンディングチャンピオンのリッチー・ポート(オーストラリア、BMCレーシング)だったが、思わぬ誤算でダリル・インピー(南アフリカ、ミッチェルトン・スコット)を突き放すことができなかった
▲第5ステージのウィランガヒルを独走で制したディフェンディングチャンピオンのリッチー・ポート(オーストラリア、BMCレーシング)だったが、思わぬ誤算でダリル・インピー(南アフリカ、ミッチェルトン・スコット)を突き放すことができなかった (C)TOUR DOWN UNDER

ツアー・ダウンアンダー最大の勝負所は、ウィランガヒルの頂上ゴールが待ち構える第5ステージだ。これまで多くの名勝負が繰り広げられ、ここでの優勝者がだいたい個人総合優勝を果たしている。つまり、「ウィランガヒルを制する者はツアー・ダウンアンダーを制する」というわけである。

そのことを一番よく知っているのが、昨年の総合優勝者でウィランガヒルも制したリッチー・ポート(オーストラリア、BMCレーシング)だった。今年も定石通りの戦法で勝つべく、ウィランガヒルの登りでアタックしたポート。追いすがるジェイ・マッカーシー(オーストラリア、ボーラ・ハンスグローエ)を置き去りにして、計算通り独走でステージ優勝したポートだったが、そこには思わぬ誤算があった。

マッカーシーをちぎりさり、後続集団との距離が十分にあると思ったポートは、ゴール前で少しペダリングを緩め、両手を挙げてゴールしたのである。おそらく、これで総合優勝が決まったと思ったのだろう。結果論になるが、これがポートの誤算であった。前日まで総合2位につけていたダリル・インピー(南アフリカ、ミッチェルトン・スコット)が、ポートの予想以上に今年は強く、ポートとの時間差を図るように最後まで粘り、ポートからわずか8秒の遅れのステージ2位でフィニッシュしたのである。ゴールではハンドルを投げるような気迫の走りだった。

計算された走りで総合優勝をもぎ取ったダリル・インピー(南アフリカ、ミッチェルトン・スコット)
▲計算された走りで総合優勝をもぎ取ったダリル・インピー(南アフリカ、ミッチェルトン・スコット)。南アフリカの選手がツアー・ダウンアンダーを制したのは、これが初めてだ (C)TOUR DOWN UNDER

個人総合タイムを計算して、誰もが驚いた。なんとインピーとポートが同タイムで並んだからである。規定により、インピーが総合1位、ポートが2位となったのだ。ゴール後のインタビューは、まさに対照的な2人だった。計算通りの結果に喜ぶインピーと落胆するポート。最終第6ステージは、アデレード市内でのクリテリウムなので、逆転できる可能性はほぼゼロ。ここで勝負は決まった。もし、ポートが最後まで力を抜かずにあと1秒早くゴールラインを越えていたら・・・、まさにスポーツは筋書きのないドラマである。

リザルトから見えてくるもの

第1ステージに続き、最終第6ステージも制したアンドレ・グライペル(ドイツ、ロット・スーダル)
▲第1ステージに続き、最終第6ステージも制したアンドレ・グライペル(ドイツ、ロット・スーダル) (C)TOUR DOWN UNDER

シーズン開幕を告げるツアー・ダウンアンダーのリザルトからは、今シーズンを占う上でいろいろなことが見えてくる。まず際立つのがサガンとグライペルの強さだ。サガンはステージ優勝こそ一つだったものの、どのステージでも上位に食い込んでおり、その安定した強さが光った。世界チャンピオンの証・アルカンシェルを着ると勝てなくなるというジンクスがあるが、サガンにはまったく当てはまらない。まさに真のチャンピオンということができるだろう。

グライペルは今回のツアー・ダウンアンダーで2勝し、通算ステージ18勝を記録した。もちろん、これはツアー・ダウンアンダーのステージ最多優勝記録だ。選手には多かれ少なかれ調子の波があるが、グライペルは比較的その波が小さい。シーズンを通じて勝てる選手というのは、チームとしてもありがたい存在だ。

この時点でジロ・デ・イタリアやツール・ド・フランス、ブエルタ・ア・エスパーニャのことまで占うのは早すぎるが、ポートは初めてのツール制覇に弾みをつけたといえるだろう。インピーに破れはしたものの仕上がりは上々で、この後ツールに向けてプログラムをこなしていけば、優勝候補筆頭になる可能性もある。昨年のツールは不運な落車事故でリタイヤに終わってしまったが、優勝したクリス・フルーム(イギリス、チームスカイ)が最大のライバルとしてポートの名前を挙げていたことからもわかるように、トラブルさえなければ今年こそはという感じもする。ドーピングスキャンダルによりフルームの処分が下されることとなれば、間違いなくポートは優勝候補筆頭となるだろう。

第4ステージを制した世界チャンピオンのペテル・サガン(スロバキア、ボーラ・ハンスグローエ)
▲第4ステージを制した世界チャンピオンのペテル・サガン(スロバキア、ボーラ・ハンスグローエ)。これを着ると勝てなくなるという「アルカンシェルの呪い」も、サガンには関係ない (C)TOUR DOWN UNDER

2018ツアー・ダウンアンダー リザルト

第1ステージ 145km

1 A.グライペル(ドイツ、ロット・スーダル)3h50’21”
2 C.ユアン(オーストラリア、ミッチェルトン・スコット)
3 P.サガン(スロバキア、ボーラ・ハンスグローエ)
4 E.ヴィヴィアーニ(イタリア、クイックステップ)
5 S.コンソンニ(イタリア、UAEエミレーツ)
6 P.バウハウス(ドイツ、サンウェブ)
19 別府史之(日本、トレック・セガフレード)
68 新城幸也(日本、バーレーン・メリダ)

第2ステージ 148.6km

1 C.ユアン(オーストラリア、ミッチェルトン・スコット)4h03’55”
2 D.インピー(南アフリカ、ミッチェルトン・スコット)
3 J.マッカーシー(オーストラリア、ボーラ・ハンスグローエ)
4 P.サガン(スロバキア、ボーラ・ハンスグローエ)
5 N.ハース(オーストラリア、カチューシャ・アルペシン)
6 E.ヴィヴィアーニ(イタリア、クイックステップ)
57 別府史之(日本、トレック・セガフレード)+32″
83 新城幸也(日本、バーレーン・メリダ)+2’46”

第3ステージ 148.6km

1 E.ヴィヴィアーニ(イタリア、クイックステップ)3h04’40”
2 P.バウハウス(ドイツ、サンウェブ)
3 C.ユアン(オーストラリア、ミッチェルトン・スコット)
4 S.コンソンニ(イタリア、UAEエミレーツ)
5 P.サガン(スロバキア、ボーラ・ハンスグローエ)
6 S.クラーク(オーストラリア、EFエデュケーションファースト・ドラパック)
31 別府史之(日本、トレック・セガフレード)
70 新城幸也(日本、バーレーン・メリダ)

第4ステージ 128.2km

1 P.サガン(スロバキア、ボーラ・ハンスグローエ)3h21’07”
2 D.インピー(南アフリカ、ミッチェルトン・スコット)
3 L.L.サンチェス(スペイン、アスタナ)
4 D.ウリッシ(イタリア、UAEエミレーツ)
5 J.マッカーシー(オーストラリア、ボーラ・ハンスグローエ)
6 D.デフェナインス(ベルギー、クイックステップ)
44 別府史之(日本、トレック・セガフレード)+3’56”
46 新城幸也(日本、バーレーン・メリダ)

第5ステージ 151.5km

1 R.ポート(オーストラリア、BMC)3h42’22”
2 D.インピー(南アフリカ、ミッチェルトン・スコット)+8″
3 T.J.スラフテル(オランダ、ディメンションデータ)+10″
4 D.デフェナインス(ベルギー、クイックステップ)
5 E.A.ベルナル(コロンビア、スカイ)
6 G.イサギーレ(スペイン、バーレーン・メリダ)
45 新城幸也(日本、バーレーン・メリダ)+2’08”
98 別府史之(日本、トレック・セガフレード)+11’47”

第6ステージ 90km

1 A.グライペル(ドイツ、ロット・スーダル)2h01’19”
2 C.ユアン(オーストラリア、ミッチェルトン・スコット)
3 P.サガン(スロバキア、ボーラ・ハンスグローエ)
4 P.バウハウス(ドイツ、サンウェブ)
5 E.ヴィヴィアーニ(イタリア、クイックステップ)
6 S.ヴォンホフ(オーストラリア、UniSA)
49 新城幸也(日本、バーレーン・メリダ)
59 別府史之(日本、トレック・セガフレード)

個人総合成績

1 D.インピー(南アフリカ、ミッチェルトン・スコット)20h03’34”
2 R.ポート(オーストラリア、BMC)
3 T.J.スラフテル(オランダ、ディメンションデータ)+16″
4 D.ウリッシ(イタリア、UAEエミレーツ)+20″
5 D.デフェナインス(ベルギー、クイックステップ)
6 E.A.ベルナル(コロンビア、スカイ)
43 新城幸也(日本、バーレーン・メリダ)+9’00”
63 別府史之(日本、トレック・セガフレード)+16’22”

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WRITTEN BY仲沢 隆

仲沢 隆 自転車ジャーナリスト。早稲田大学大学院で、ヨーロッパの自転車文化史を研究。著書に『ロードバイク進化論』『超一流選手の愛用品』、訳書に『カンパニョーロ −自転車競技の歴史を“変速”した革新のパーツたち−』がある。

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