世界25カ国、400万人以上の子どもたちに愛用されているストライダー。このシンプルなデザインの乗り物が、どのようにして日本に持ち込まれ、親しまれるようになったのか。ストライダージャパン(株式会社Ampus)代表取締役社長の岡島和嗣さんにお話を伺いました。
世界最年少レースといわれる「ストライダーカップ」にまつわる逸話や、岡島社長がストライダーに想いを寄せる理由をご紹介します。
目次
ストライダー(STRIDER)とは?
ストライダーの対象年齢は1歳半〜5歳、アメリカで2007年に発売されました。この二輪車の最大の特徴は、ペダルとブレーキがないこと。地面を蹴って進む時の姿勢が走るフォームに似ていることから、ランニングバイク(ランバイク)という名称でも親しまれています。
ストライダーという名前は、英語の「STRIDE」(ストライド、大またに歩く)という言葉に由来があり、このストライダーを世に送り出したのが、創業者のライアン・マクファーランドさんです。
2歳の我が子が乗れるように
ライアンさんの長男が2歳になった時、補助輪付きの自転車をプレゼントしたところ、2歳の子どもにはペダルをこぐことができず、なかなか乗ることができませんでした。それを見ていたライアンさんに「そもそもペダルなんて、いらないんじゃないか?」というアイデアが浮かびます。未来を変える大発見の瞬間です。
ガレージで生まれたストライダー
そこから、ガレージでの試行錯誤が始まります。ペダルやブレーキといった「幼い子どもにとって余分なものをすべて外した」だけでなく、フレームの余計な部分を切って再度溶接し、足つき性を良くして低重心にしたうえで「徹底的に軽くして、小さな子どもでも扱えるようにした」のです。
当初は商品化などまったく頭になく「ただ我が子のことを想い、軽くシンプルにと追求した結果が、ストライダーデザインの原型」になっています。
岡島社長とストライダーとの出会い
――岡島さんが、ストライダーに出会ったエピソードを教えてください。
岡島社長:ライアンと似ているんですが、長男が2歳の時に三輪車を買い与えたんです。そうしたら、本人は乗りたがっているのにペダルがこげなかったりして、乗るのを嫌がってしまったんです。私はバイクが好きなので、子どもにも何か乗り物に乗せたいなと思っていて「他に乗れそうなものがないかな?」と、その後いろいろと調べてみました。
そんなとき、アメリカのeBayというマーケットプレイスで、ペダルのない自転車が売られているのを見つけました。当時、発売されたばかりのストライダーでした。「試しに買ってみるか!」ということで、1台注文して長男に乗せてみました。すると、1週間くらいで乗れるようになっていました。
――2歳の子が、いきなり二輪車に乗ってしまったんですね。
岡島社長:これには、さすがに驚きました。今でこそ「2歳児でストライダーに乗るのは、当たり前のこと」ですが、当時は2歳児が二輪車に乗れるなんて、誰も思いつかなかったですし、僕も思い込みで無理だと思っていました。なので、最初は「自分の子どもが天才なのか?」と思いましたが(笑)、試しに同じ2歳の甥っ子に「もう一台買ってみた」んです。その結果は、衝撃的でしたね。甥っ子も、すぐに乗れるようになってしまったからです。
「ストライダー」を取り扱うようになったきっかけ
――その驚きがきっかけで、取引するようになったんですね。
岡島社長:僕の常識が、見事に破壊された瞬間でした。「これは、すごいな!」と思ったので日本で広めたいと考え、販売させて欲しいとお願いをして、輸入事業を始めることになりました。
――当時はまだ認知されていない乗り物だったと思いますが、販売店を探すのに苦労したのではないでしょうか。
岡島社長:「自転車って、当時は小学生くらいで乗り始めるもの」でしたので、最初は自転車屋さんに行っても、なかなかストライダーの良さを理解してもらえませんでした。そこで、どこだったら売れるんだろうと考えて「ムラサキスポーツさん」に商談しに行った時に、担当の方がストライダーの良さを知っていたんです。それをきっかけにして、全国の店舗に導入してもらえるようになりました。
――その担当の方も、ストライダーの良さを感じていたんですね。
岡島社長:私が感じた「えっ!」ていうような衝撃を、同じように感じていたんだと思います。いいモノって、ほかの人にも教えたくなるじゃないですか。「これ、知ってる?」みたいな(笑)。「2歳児でも、二輪車に乗れるんだよ! 知ってる?」みたいな感じですね。これまでの常識をくつがえす乗り物だということを、理解してくれていたんです。
ストライダーの特徴と人気の理由
――ストライダーの特徴である「自転車にすぐに乗れるようになること」、バランス感覚が養われるので「子供の成長に役立つこと」、イベントなどに参加して「親子の絆が深まること」という部分に、魅力を感じる人が多いように思います。岡島社長が考える「ストライダーの魅力」を教えてください。
岡島社長:ストライダーって、よくできたデザインだと思っているんですが、もとからデザインされてできたものではないんです。あくまで機能的で、シンプルにと考えていった結果が、ああいったデザインになった成功例だと思っています。
もともとは、自分の子どものためにガレージで生まれたのがストライダーの起源になっていますが、そういった無駄のないデザインに魅力があるのだと思っています。
――ミラクルなデザインってことでしょうか!「ストライダー」って、パッと見でも、カッコいいですよね。
岡島社長:いかにも「アメリカ生まれ!」って感じがしますね。覚えやすい名前ですし、作った人が「ヒットを狙って考えたネーミング」でもないところも……(笑)。たまたまガレージで「子どものために考えて作られた」ことが、ミラクルなんだと思います。私は、ライアンのことを「ある意味、天才なんじゃないか!」と思っています。
――ライアンさんって、どんな方なんですか?
岡島社長:純粋で飾り気のない、古き良きアメリカの雰囲気を多分に持っている方だと思います。物腰の柔らかいとてもいい人ですし、彼の考え方もすごく参考にしています。
――ストライダーって自転車にすぐに乗ることができたり、幼児期に最適な乗り物だと思うんですが、いかがでしょうか。
岡島社長:自転車に乗り始める時に「なんで、あんなに苦労したんだろう?」って思うんですが、理詰めで考えてみると分かることなんです。三輪車や補助輪付きの自転車って、右に曲がる時は「ハンドルを右に切ります」よね。でも、二輪車ってそうじゃないんです。
右に曲がる時は「一瞬ハンドルを左に切ることによって車体が右に傾き、右に曲がることができる(逆操舵)」んです。じつは、これって必ず起きている現象なんですよ。二輪車という乗り物は、ハンドルを操作するものではなくて、逆操舵や体重移動をきっかけにして曲がることができるんです。
――普段あまり意識しないで曲がっていますが、逆操舵をしているんですね。
岡島社長:三輪車は、右に曲がるためにはハンドルを右に切るしかない。「じゃあ、二輪車に乗ろう!」ってなった時、右にハンドルを切ったら、左に曲がってしまう。三輪車で慣れている動作が二輪車だと逆になってしまうので、そりゃおかしい話ですよ。それじゃ、パニックになってしまいますよね。
――三輪車と二輪車では曲がる仕組みが違うと。
岡島社長:以前の常識では「幼児には、二輪車は乗れない」という大前提があって、倒れないようにするために三輪車が生まれたんだと思っています。でも、それって前提から間違っていたんですよね。幼児は二輪車に乗れないと思いがちですが、乗れるんですよ。
世界最年少レース「ストライダーカップ」は、子どものセカイ
――ストライダーカップを開催しようと考えた「きっかけ」を教えてくださいますか。
岡島社長:何人かの子どもが集まってストライダーで楽しんでいると、「用意ドン!」って感じになるじゃないですか。その時、他の子に負けないように一生懸命走っている姿を見て、「これは、ちゃんとやったら面白いんじゃないの?」と思ったんです。
――いきなり、本格的なイベントを開催されたんでしょうか!
岡島社長:当時私も二輪のレースをしていたので、どうせやるんだったら本格的なレースにしたいと思いました。車検をしたり、スタートする前に選手名を読み上げたり、予選や決勝があったり、表彰式があったりと「子どもたちが楽しめるイベントにしたい」と考えたんです。やっぱり、演出にもこだわりたいじゃないですか。
――ストライダーカップは演出が凝っていて、本当にすごいと思います。そこにもストライダーの魅力があると思いますが、いかがでしょうか。
岡島社長:自分もレースを好きでやっていたので、子どもたちにも同じようにレースの雰囲気を楽しんでもらいたいと思ったんです。ドキドキすることって、楽しいですからね。
――幼児が本格的なレースをするという発想は、なかなか思いつかないと思います。ストライダーカップのことを知った時は、驚きました。
岡島社長:じつは、私はストライダーカップのことを競技だと思っていないんです。難しい部分なんですが、レース=競技というより「順位はついてしまいますが、そこが目的じゃない」んです。幼児にとっては、遊ぶことが重要だと思っていて、大人にとってもレースは遊びの一環ですからね。楽しむために参加しているんだと思うんです。
競技としてレースに取り組むことを否定するつもりは全くありませんが、ストライダーカップが目指す世界は別にあります。勝つために一生懸命取り組むことはとても素晴らしいことだと思いますが、ストライダーカップに参加する目的はもっと広いものに捉えて欲しいと願ってます。そういった意味で「競技ではない」と考えています。
――ストライダーカップに参加している人に、それは伝わっていると思います。「ストライダーカップは、楽しむもの」とみなさんが仰っています。
岡島社長:私たちは、子どもの世界というものを大事にしているんです。ストライダーカップは、あくまで「子どものセカイ」であって、大人の世界に引き上げるためのものではないんです。そこは、忘れてはいけないと考えています。子どものセカイに、大人の価値観を当てはめてはいけないのだと思います。
大人が子どもから学ぶイベントにしたい
岡島社長:ストライダーカップは「子どもが大人から学ぶのではなくて、大人が子どもから何かを学べるようなイベントにしたい」と考えています。幼児がやることなので、スタートできないこともあるじゃないですか。我々も、なんとかゴールさせてあげたいと思うんですが、それもどうなのかな? という気がしています。
――ついつい、大人はゴールさせたいと思ってしまいます。
岡島社長:ゴールさせたいと思うのは、大人の価値観であって「幼児って、いまを楽しみたいだけで、いまがすべて」なんです。それを無理やり送り出すっていうのは、何か違うような気がします。
最初は嫌がっていても、途中から走り出して、笑いながらゴールするなんてこともあるので、一概にどれがいいってことでもないんですけどね。自分の子がゴールできなくても、それはそれでいいんですよ。ゴールするよりも、もっと大事なことがあるんだと思います。
――レースに出るだけでも、プレッシャーを感じてしまいますからね。
岡島社長:スタートできなくて泣くことも、転倒して泣くことも「大人には、なかなかできない」じゃないですか。恥ずかしいというか、笑ってごまかしちゃいますよね。子どもって、いまの瞬間を生きているから、泣いたりできるんです。子どもが「いま、できていることにフォーカスしていきたい」ですね。
うみのステージ2023の大会コンセプトは「なぜだろう」
岡島社長:今回のストライダーカップ(うみのステージ2023)は、「なぜだろう」というコンセプトにしています。レースの途中に、子どもがふと立ち止まって「走らなくなること」もあるじゃないですか。その時は、当然親として「何やってるの~!」ってなると思うんですが、「なんで止まっているんだろう?」とか「何を感じているんだろう」ということを、親も一緒に考えられるようなイベントにしたいと考えています。
――「なぜだろう」って「すごく響くメッセージ」ですね。
岡島社長:だからと言って「何かが、すぐに変わるってことではない」と思うんですけどね(笑)。でも、そういったことを「考えるきっかけ」になればと考えています。子どものセカイって、大人の感覚で見てしまいますが、明らかに違う世界だと思うんです。子どものセカイというものを、大人も想像していきたいですね。
――ストライダーカップとは車両のレギュレーションが違う「エンジョイカップ」の位置付けを教えてくださいますか。
岡島社長:ストライダーカップよりも、もっとより気軽に参加してもらおうと考えたのが「エンジョイカップ」です。改造できる範囲も少ないですし、より広い層に参加してもらいたいと思っています。
――14インチでペダルを装着できる「ストライダー 14x」の立ち位置って、どういったものなんしょうか?
岡島社長:14xは「12インチを買いそびれた人たち」に、乗って欲しいと思っています。12インチを購入していただいた方に「次は、14xを買って下さいね!」ってことではないんですよ(笑)自転車としても乗れるので、長く楽しめますからね。14xに乗ってくださっている方も年々増えてきていますので、14xを使って楽しめるイベントを、もっと増やしていきたいですね。
ストライダージャパンのオフィシャルイベント
ストライダージャパンでは、ストライダーカップ以外にもさまざまなオフィシャルイベントを開催しています。ストライダーカップの実行委員長も担当されている企画プロデュース室の中西さんに、主なオフィシャルイベントを紹介してもらいました。
ちなみに、中西さんは息子さんにクリスマスプレゼントでストライダーを購入したのが入社のきっかけとのこと。息子さんが4歳の時に、ストライダーカップにも出場しています。
ストライダーキャンプ in みなかみ
ストライダーキッズとそのファミリーを対象としたキャンプイベントを、年1回、9月末に開催しています。キャンプファイヤーやミステリーツアー(肝試し)、ミニアドベンチャーカップ(レース)など、内容が盛りだくさんなのが魅力です。
ストライダー どろん子フェス!!
どろどろになりながら、大人も子どもと一緒に楽しむことができるのが、「ストライダー どろん子フェス!!」です。大人になっても楽しむことって、大事なことだと思います。
ストライダー 雪ん子フェス
スキー場でスノーストライダーを使って親子リレーをしたり、アイスが雪の中に埋められているのを探し出したり、みんなで雪合戦をやったり、雪だるまを作ってコンテストを開催したり、無我夢中で走ってフラッグを奪取したり、餅つきやおしるこパーティーをやったりとイベントが満載です。
ストライダー14x アドベンチャークロス
4〜6歳を対象とする、ストライダー史上最も過酷なレース。ペダルを装着できる14インチのストライダー(14x)を使い、全長およそ2キロにおよぶ障害物のある冒険的なコースを、ランニングとストライダー14xの ランニングバイクモード、ペダルバイクモードで走行するレースです。
ランニングバイクモードからペダルバイクモードへ14xに変わる時に、親御さんがペダルを装着するピットワークも見どころですね。
ストライダー アドベンチャーゾーン
アドベンチャーゾーンは、主にストライダー未経験者(1歳半〜5歳程度)を対象とした安全性の高い試乗体験イベント(参加費無料)です。バランス感覚を高められる障害物もあり、子どもたちの運動神経を楽しみながら自然とのばすことができます。
ストライダー パンプジャム
パンプジャムは、ストライダー専用に作られたパンプコースを使用したイベントになります。2歳から参加できるパンプコースを、ぜひお試しください。
ストライダーを楽しむ環境づくり
――都心だとストライダーが乗れる場所が少なくて、困っている人もいらっしゃいます。オフィシャルな乗り場を作るなどの計画はありますか?
岡島社長:弊社だけでできる問題ではないので、各自治体さんと一緒に話し合っていく必要がありますが、そのあたりの活動にいま取り組んでいます。まずは乗れる公園を増やしていきたいと思っていますが、まだランニングバイクについての理解が得られていない部分もあると思いますし、使い方のマナーも問われてくると思います。
――公園でランバイクレースをしたら、さすがに怒られちゃいますからね(笑)以前あった「としまえんのコース」みたいな場所があると嬉しいと思います。
岡島社長:東京にもあったらいいなと思いますが、群馬県に専用のコースとして走れる環境(ストライダーエンジョイパーク榛東村創造の森)ができたり、そういった動きが各地で広まってきていると思います。フラットな舗装路以外を走る楽しさもあるので、楽しめる場所は増えてきていますね。
地域によって事情が違うと思いますが、ストライダーに乗れる乗れないに関わらず「子どもが自由に遊べる環境」っていうところが、すごく大事だと思っています。あれやっちゃダメ、これやっちゃダメというようなことは違うと思いますし、子どもが外で自由に元気に遊べる環境が増えるのを見守りつつ、そういう環境づくりを我々としても作っていけるように努力していきたいと思っています。
今後の展開について
――レーシングモデル『ST-R』は、岡島さんの提案で作られたものなんでしょうか? 先日のストライダーカップ ワールドチャンピオンシップの会場で、飛ぶように売れていた印象があります。
岡島社長:カーボンフレームで「何か象徴的なものを出したらどうだろうか?」という提案を、こちらでしました。飛ぶように売れていたわけではありませんが(笑)、海外の方が購入されていらっしゃいましたね。
――サドルのクッション性が改善されたり、ストライダープロのリアのアクスルボルトの突出しが短くなったりといったアップデートも、岡島さんの提案なんですか。
岡島社長:私からの要望ではなくて、各国で情報共有されているので、お客様からの改善要望を随時検討するようにしています。
――みんなが期待する新商品みたいなものって、何かあるんでしょうか!
岡島社長:ご存知のように、ストライダーってずっと同じ商品を展開しています。本当は次々に新商品が出てくればいいんでしょうけど、そういうわけではないので、マイナーなアップデートとか、新しい色やコラボモデルとかをどんどん企画していきたいと思っています。
「子どものセカイ」を考えるきっかけに
岡島社長の「ストライダーは、ガレージで生まれたもの」という言葉は、子どものために、シンプルで扱いやすい乗り物にするという設計思想をあらわしているように感じました。レースで使うにせよ公園で遊ぶにせよ、いずれの場合でも「ストライダーは子どもが遊ぶために存在するという位置づけは、変わらない」のだと思います。
「ストライダーカップは、競技ではない」というのも印象深い言葉です。我々大人が子どもの目線に立って考えてみることで、子どもに対する接し方などさまざまなことが変わってくる気がします。「大人の価値観を、子どものセカイに押しつけてはいけない」など、ストライダーを通して気づくことがたくさんあるはずです。