「ちょっ、ちょっとアル、それはないでしょ!」と声が出たのはわたしだけではありますまい。そう、ツール・ド・フランスの第9ステージ、ステージの山場とも言える超級山岳モン・ドゥ・シャのふもとでクリス・フルームにメカニカルトラブルが起きたその瞬間、サポートを求めるフルームが挙げた腕の下をくぐってファビオ・アルがアタックをかけたときのこと。
アルの後にはナイロ・キンタナら総合優勝狙いの選手が続いたものの、アルに協力する選手はなく、追いついたリッチー・ポートが一言二言声をかけ、アルはガクッと肩を落としたような感じでこのマイヨ・ジョーヌ集団は落ち着き、しばらくしてフルームも追いついたのでした。
これはレース中、マイヨ・ジョーヌを着ている総合争いのリーダー(と、ときにはその有力ライバル)が何らかの予期せぬトラブルで遅れた場合、同じ総合争いのライバルたちはアタックをしかけるのをやめその選手が戻ってくるのを待つというもの。ポートはアルに「いまはアタックするべき時じゃないだろう」というような事を言ったとされています。
Great teamwork from @BMCProTeam today. 4th on 1st mountain stage. Feels like the @LeTour has truly started ? @TDWsport pic.twitter.com/dTPgLQZvws
— Richie Porte (@richie_porte) 2017年7月5日
▲BMCレーシングのエース、リッチー・ポートは元チーム・スカイのクライマー。フルームを尊敬し、彼をアシストしてゴールに送り込んだ間柄
Fabio Aru fan clubさん(@fabioarufanclub.official)がシェアした投稿 –
▲マイヨ・ジョーヌを手にしたアル、自分がその立場に立ってどう考えたか
紳士協定は「暗黙の了解」。過去にもいろいろな論議はあった
UCI規定などのどこにも書かれていない伝統的なエチケットで「紳士協定」などと言われ、グランツールの伝統となってきているこの暗黙のルール。ランス・アームストロングとヤン・ウルリッヒはお互いにこれを守っていたし、2010年の第15ステージでアンディ・シュレックがチェーンを落とした隙を突いてアタックをかけたアルベルト・コンタドールには、表彰台で大きなブーイングが浴びせられたのはいまだに記憶に生々しいところです。
今年5月のジロではトム・デュムランがトイレストップを余儀なくされている間にバーレーンメリダ(ニバリ)とモビスター(キンタナ)らがアタックをかけたことが大きな議論を集めていました。とくにその直前ステージで、ドゥムランはキンタナのクラッシュを知ってプロトンを抑えて待ち、キンタナがお礼を言ったという経緯があったばかりでした。
今回のモン・ドゥ・シャでのアルのアタックでは、英国ユーロスポーツの実況担当も「アル、やりますねwwwww」と失笑し、解説のショーン・ケリーも「これはダメでしょう」。オリカのサイモン・イエーツは「あれはありえない」とアルをレース後に強い調子で批判しています。ツイッターなどを眺める限りでは、その時点では多くのファンもそのように思ったようです。
超大御所の「待たないでしょ」発言で紳士協定派と否定派が議論に
けれども、ユーロスポーツのレース直後の振り返り生番組で、解説のグレッグ・レモン(ツール・ド・フランスに3回優勝した往年の名選手)が「僕はあれは問題ないと思いますよ、メカトラもレースの要素のうち。いちいち待ってられませんよ」と言い放ち、司会者を「えっ」と言わせたのです。人気のポッドキャスト『サイクリング・ポッドキャスト』でもメインキャスターが同様の意見を述べ、数人の有力サイクルブロガーなども同調。FDJのマディオ監督はコメントで、「俺たちはレースをしにきてるんだ、友だちを作りに来ているのではない」とも。
#Repost @eurosport ・・・ 2 CHAMPIONS ??? @greg.lemond & @chrisfroome ? #homeofcycling #tdf15
Greg LeMondさん(@greg.lemond)がシェアした投稿 –
▲フルームにインタビューするグレッグ・レモン
いったい、どちらの言い分が正しいのか。
紳士協定を守るべきと考える人は、相手のピンチに付け込まず正々堂々と闘うスポーツマンシップに魅力を見出しているのでしょう。
一方、紳士協定否定派は揃って「これはレースなのだ」と言います。メカトラとか落車とかいちいち待っていたらレースにならない、メカニックの腕も、体調コントロールもチームや選手の実力のうちなのだというところのようです。実際、リッチー・ポートの落車に巻き込まれたダン・マーティンをフルームは待たなかったわけで、しょせんはきわめてグレーゾーンの幅の広い曖昧な協定だとも思います。
ひとりのファンとしては、紳士協定を完全になくしてしまうと、何ステージにもわたって積み上げられ高まりまくっている有力選手たちの勝負が、パンクひとつで決まってしまうかも…と想像すると切ないものがあります。プロスポーツの興行としてもこれはマイナスでしょう。
また、選手たちはキャリアの中でチームを変わることも多いし、かなりの長時間をともにするこの過酷で特殊なスポーツ、情けが生まれるほうが自然と考えられます。厳しい闘いの中に人間らしい感情がほとばしるのが観られるのもロードレースの魅力ではないでしょうか。
というわけで、わたし個人としては紳士協定は今後も続いてほしいなぁというのが結論ですが、レースはレースという意見もわかります。いやほんとに正解はなさそうですね。そうか、こうやってああでもないこうでもないと話すこともまたロードレースの魅力なのかもしれませんね。残り数ステージとなりましたが、楽しみです!