世界に1台だけ!自分だけの自転車をフレームオーダーする方法
目次
はじめに
ロードバイクがブームだと言われて何年か経ち、自転車通勤でもライドイベントでも、有名ブランドの自転車をたくさん見かけるようになりました。ほとんどの方は、ブランドや価格を購入の基準にしてショップで自転車を手に入れたと思います。
もちろんショップで買える自転車も良いものがたくさんあります。しかし、それが全てではありません。ショップでは売っていなくても、素晴らしい自転車があります。今回はその中から「フレームをオーダーして作る自転車」を取り上げます。
初めてフレームをオーダーするときにどうしたらいいか? オーダーするとなると、誰に相談すればいいのか?
オーダーをする側とオーダーを受ける側の両方の視点で考えてみました。フレームオーダーなんて自分には関係ないと思っている方も、既成品とオーダー品の違いや手作りの自転車がどう作られるかを覗いてみませんか?
フレームオーダーにまつわる5つの質問
どうしてフレームをオーダーするの?
はじめて自転車を買ったときのことを思い出してみてください。
「こんなことがしたい」「あんなふうに走りたい」と考えて、ショップでいちばん希望に近い自転車を選んだはずです。私もそうでした。
最初は新車がうれしくて走り回りますが、1年ぐらい乗ると、だんだんと不満を感じるようになります。不満がたまってくると、次の自転車を探し始めます。ショップの人とも相談もして検討した結果、新しい自転車を買い、また走り回り、しばらくすると前とは違った不満を感じる。自転車を買い換えるたびに、こういうことの繰り返しが多いのではないでしょうか。
既成品の自転車はメーカーが多額の開発費をかけて設計し、多くの人に販売する目的で作られています。つまり、既成品=万人向けの自転車です。多くの人に乗ってもらえるように作られていますが、全員にぴったりの自転車とはなりません。そのため、自転車に対する感覚が磨かれてくると既成品では物足りなくなります。それは、ひとりひとりの体型、力、乗り方がすべて違うので、ユーザーと自転車の間に誤差があるからです。
フレームオーダーは、ユーザーの体型、乗り方、目的など、さまざまな要望に合わせてフレームを設計・製作するのでこの誤差を最小限にできます。
乗っている自転車に不満があったり、こういう自転車が欲しいという思いがあったら、フレームオーダーを検討してもいいかも知れません。
どこで、誰が作っているの?
工房や製作所の中で「フレームビルダー」と呼ばれる人たちが作っています。工房・製作所は工場に似た雰囲気がある、ものづくりの場です。職人さんが黙々と働いてるので、ちょっと訪ねるにはハードルが高いかも知れません。
でも、大丈夫。ビルダーは自転車好きで話好きの人ばかりです。「こんな自転車にこんなふうに乗りたい」と話を持ちかければ、相談に乗ってくれるはずです。
とはいえ、どのようにしてビルダーを見つけるのか? という問題があります。
おすすめしたいのは、毎年1月に東京の科学技術館で開かれている「ハンドメイドバイシクル展」です。国内外からビルダーが集まり、ハンドメイドの自転車を展示します。2018年は1月20日(土)・21日(日)に開催され、49社が出展しました。
スポーツ自転車に限らず、街乗り用自転車、高齢者・障がい者向け自転車など、ユニークな製品が展示されました。手作り自転車とはどういうものかを見るには良い機会です。気になる自転車が見つかったらビルダーに話しかけてみるのもいいですね。
フレームオーダーは高いの?
手作り品ですから安くはありません。標準的なフレームオーダーの価格帯は、既成品フレームセットの中間グレードの価格にほぼ相当します。ほぼ、と言うのは、材料、加工、塗装などを変えれば、価格も変わるからです。
一例として、フレームオーダーの老舗である東叡社(トーエイ)の価格を見ると、基本仕様のロードレーサーで136,500円(2018年6月1日現在)となっています。この価格はフレーム単体ですから、他にコンポーネント、ホイール、ハンドル、サドルなどのパーツが必要です。
ユーザーの要望を最大限に反映して作る手作り品としては、悪いコストパフォーマンスではありません。
完成までのやりとりが面倒じゃない?
確かに手間と時間はかかります。それは、ユーザーの要望を明確にし、ビルダーがそれを形にするプロセスがあるからです。
単にモノを売り買いするのではなく、ユーザーとビルダーが協力して、本当に欲しいフレームを形にしていくところがフレームオーダーの醍醐味です。ですから、ユーザーの希望の難易度、ビルダーの忙しさ、塗装などの工程数によって、納期が変わります。スムーズに進んだとしても、3〜4ヶ月ぐらいはかかるのが一般的です。
オーダーすれば 、何でもできるの?
フレームの素材が限定されます。手作りに向いていないカーボンやアルミは選べません。フレームオーダーでメインになる素材はクロモリですが、他にもステンレス、チタン、カーボンとのハイブリッド、わずかですが木製もあります。こういった素材を選んでオーダーすることはできますが、量産メーカーが開発費をかけた最先端のカーボンフレームと同じようなフレームをオーダーすることはできません。
また、工房・製作所によって、ロードバイクが得意だったり、マウンテンバイクが得意だったりと特色がありますので、気になる工房・製作所の得意な車種をあらかじめ調べておくとスムーズです。
私のオーダー体験を紹介します
私の愛車は、クロモリフレームをオーダーして作りました。既成品にしか乗ったことがなかった私が初めてフレームをオーダーした際の体験をご紹介します。
オーダーしたきっかけは、2つあります。ひとつは、当時自転車ツアーガイドを目指していたので、ツアーで使う自転車が欲しいと思っていました。CANYONのカーボン車を持っていましたが、レース志向のモデルなのでツアーガイドの仕事で乗るには、しっくりきませんでした。
新しい自転車を買おうかなと考えていたころ、以前の仕事で知り合いだった方がビルダーを始めたと聞いたのがもうひとつのきっかけとなって、ツアーガイド用の自転車を作ってもらうことにしました。オーダーした先は、長野県安曇野市でフレームを製作する「Towers Bike」です。
相談、設計、完成。オーダー車ができるまで
最初は、どこでも走れるグラベルロードにしようかと思ったんですが、フレームを頑丈にすると重くなるので、輪行することも考え、一般的なロードバイクにしました。
どんな自転車にするかを話し合ったら、身体各部の寸法を測ります。メジャーで測るのではなく、サドル、ハンドル、ステムなどの長さが調節できるシミュレーターに乗って、少しずつ長さを変えながら最適な位置を決めてデータを計測します。
次は、フレームの設計です。計測したデータに基づいた設計図ができ上がります。いくつか修正をお願いしながら設計図を完成させていきます。色などもこのときに考えます。オーダーを決めたときから、フレームの色はオレンジ色と決めていました。ツアーに参加された方の目印になるように目立つ色にしたいと思ったからです。
設計図が最終的にOKになったら、いよいよフレームの製作が始まります。ここまで来ると、ユーザーにできることはあまりありません。ビルダーがフレームを作り上げてくれるのを待つばかりです。
フレームの製作が終わると、塗装を行って、完成します。完成したフレームにパーツを組み付ければ、オーダー車の完成です。
私がお世話になった「Towers Bike」ですが、現在は手一杯のため、新規のオーダー受付を中止しています。
*)ハンガーと呼ばれるフレームの最下部は、侵入した水が4方向から集中する部分。ラグという継ぎ手があることで、ハンガー部分まで貫通され水が最下部まで通る仕組み。
ちなみにハンガーの下側には水抜き用の穴が開けられており、最終的にそこから水が外部に出ていく構造。(監修メカニックコメント)
自分だけの1台の走り心地はいかに?
さて、初めてオーダーした愛車ですが、乗ってみると、こんな印象でした。
- 動きがキビキビしている。踏んだ力にリニアに反応してくれるので、予想外の動きがなく、安心して乗れて、しかも楽しい。
- 世界に1台だけの自転車なので愛着が湧く。CANYONのカーボンも優れた自転車ですが、どこか「乗せてもらっている」感じがするのに対し、こちらは人車一体。「相棒」という感じがします。
乗りはじめの頃は、ホイールが重たかったので「動きがもっさりしてる」と感じていたのですが、軽いホイールに変えたら印象が一変。キビキビ走るようになって、ビックリ。フレームは自分の体に合わせてあるので、さらにハンドルやサドルの位置を調整すると、一段と乗りやすくなりました。
ビルダーの仕事について話を聞きました
ここまでオーダーする側の立場でフレームオーダーについて紹介してきましたが、立場を変えて、オーダーを受ける側のビルダーに話を聞いてみましょう。
今回お話を伺う千田竜二さんは、2014年に大手電機メーカーを退職し、アメリカでフレームビルディングを勉強して、2015年に長野県安曇野市でTowers Bikeを開業しました。ひとりで経営していますので、お客様とのコミュニケーション、フレーム設計、フレーム製作、広報、経理事務などを自分でこなすという、新進ビルダーです。
ビルダーからみたフレームオーダーとは?
――どんな人がフレームをオーダーするのですか?
大きく分けて4つのパターンがあります。
その1は、既成品には自分に合ったサイズがない。その2は、既成品には自分の目的に合ったフレームがない。その3は、他の人と同じ自転車・ブランドではつまらない。その4は、乗りたいと思った自転車のことを調べてみたらオーダー品だった。この4つです。
フレームをオーダーする人は、すでにスポーツ自転車の経験があって、次の自転車で、ああしたい、こうしたいという目的がはっきりしていますね。お客様の要望がはっきりしていれば、形にするのは比較的やさしくなります。
――フレームオーダーを検討しようと思ったら、まず何をすればいいですか?
人が作るものなので、オーダーする人とビルダーとの気持ちが通じていることが大事です。ですから、どこの工房・製作所にオーダーするかを絞り込むのが最初にやることですね。
工房・製作所を選ぶ方法もいくつかあります。まず、名の通っているところ、有名なビルダーが所属しているところ、という選び方があります。ホームページを見て、気になる自転車、ロゴなんかが見つかったら、どんな人が作っているのか調べるのもおもしろいですね。
それと、扱う車種で選ぶこともできます。ほとんどの工房・製作所では、ロードバイク、マウンテンバイク、街乗り自転車を作れます。しかし、得意な車種があったり、扱っていない車種もありますので、ホームページを見るか、直接聞いてみるのがいいですね。
――お客様が訪ねてきたら、その後はどういう流れになるんですか?
まずは工房にいらしたお客様とじっくり話をします。オーダーする理由、今の不満点、どう改善したいか、どういうふうに乗りたいのか、どんなパーツを使いたいのか、予算、納期などなどです。私の場合は、ここにいちばん時間をかけるので、なかなか実際のフレーム製作に進まないことが多いです(笑)。
お客様の要望が明確になったら、設計をして見積を作ります。設計図の修正や使うパーツの変更などを行なって、最終的にOKになったら、フレームを作り始めます。
――フレームが完成すると、ビルダーの仕事は終わりですか?
フレームができても、まだ塗装がありますし、お客様によってはパーツ組付けも希望されるので、まだ気が抜けません。
フレームをオーダーされるお客様は、スポーツ自転車を何台も乗り継いだ方が多いので、フレームが完成して塗装が終わったら、後は自分で好きなパーツを組み付ける人も多いですね。どの時点でフレームをお渡しするかも最初に話し合っておきます。
――全体の工程が長いですね。オーダーした自転車にお客様が初めて乗ったときの感想はどのようなものがありますか?
「え、こんなに進むの?」「よく進む!」という感想をいただきます。正直、うれしいですね。私の力と言うよりは、お客様に合わせて製作したクロモリ製フレームの持つ力なのだと思います。
納得のいくオーダーにはやりとりが不可欠
――フレームオーダーについて、いろいろわかってきました。ビルダーから見て、初めてオーダーするユーザーが気を付けることってありますか?
お客様の思いや要望を形にするわけですから、工房・製作所に足を運んで、ビルダーと話をするのがいちばんいいと思います。そうすれば、イメージと違うということも防げます。ただ、近くに工房・製作所がないかも知れませんし、ちょっとハードルが高いと感じるかも知れません。
まずはメールや電話で何をどうしたいのかを伝えて、工房・製作所から帰ってきた答えが納得できればOKですし、ピンとこなければやりとりを繰り返すことをおすすめします。
ビルダーとの会話を楽しんで、世界に自分のためだけの1台を実現できるのがオーダーの最大のメリットなんだと思います。オーダーする側も人、製作する側も人なので、思い切って何でも相談してしまうのが自分だけの素敵な自転車を作る近道です。
職人技が光る、ビルダーという仕事
――最後になりますが、3年ほどビルダーの仕事を続けて、やりがいを感じるところはどこですか?
お金を儲けようと思ったら、できない仕事ですね。そのかわり理想をとことん追求できます。やりがいは、自分が作ったフレームに乗ったお客様に喜んでいただいたときに尽きますね。
他のビルダーが製作した自転車に乗せてもらう機会があるのですが、「これはすごい」とか「推進力ハンパない」と感じるフレームが存在します。さすがメイド・イン・ジャパンの職人技。私も肩を並べられるように精進します。
オーダーをするということ
既製品ではない、世界に1台だけの自転車に乗ることは、ぜいたくなことなのかも知れません。しかし、自分の希望どおりの自転車を手の届く価格で作る方法があることは素晴らしいことだと思います。
フレームをオーダーしたのは全くの初めてだったので、どういうフレームができるのか、ドキドキでした。ビルダーと話し合い、身体各部の寸法を測り、設計図ができあがり、と具体化するにつれてドキドキはワクワクに変わっていきました。メールで製作の進み具合を教えてもらうたびに、完成が待ち遠しくなります。
ようやく完成のお知らせをもらい、最初に乗ったときは、本当にうれしかったですね。それから3年ほど乗り続けていますが、身体にしっくり来て、愛着もひとしおです。また、クロモリ製フレームは、レース用機材のように「さあ、ガンガン走るぜ」という気持ちにはならずに、自転車との一体感を感じながら穏やかな気持ちで走れるところも気に入っています。
千田さんが話してくれたように、フレームオーダーは単にモノを買うのではなく、人と人のコミュニケーションに基づいてフレームをゼロから作るので、納得できる工房・製作所、信頼できるビルダーと出会うことが肝心です。
もし、今の自転車に不満を感じることがあれば、工房・製作所に足を運んで、ビルダーと話してみると新しい世界が開けることでしょう。
画像提供:Towers Bike