イザベラ・ヘブン~自転車で東北をまわる旅~4本目600km(後半)
朝6時、イザベラ・ヘブン最終日スタートです。
600kmの後半、北上から福島までの約260kmを今夜22時までに走り切ります。
2017年ゴールデンウイークに開催された「イザベラ・ヘブン」という200・300・400・600kmの4本を1週間で走るブルベの2本目を無事走り終えたHitomiさん。1週間でSR(シュペール・ランドヌール)の称号をとれる親切設計。毎日走れて幸せだから“ヘブン・ウィーク”ですが、別名“ヘル・ウィーク”とも呼ばれるというあたり、諸々をお察しください・・・
AJ神奈川「イザベラ・ヘブン特設ページ」
イザベラ・ヘブン1本目はこちら>>
イザベラ・ヘブン2本目はこちら>>
イザベラ・ヘブン3本目はこちら>>
イザベラ・ヘブン4本目(前半)はこちら>>
岩手県北上のホテル~通過C2 江刺 16.9km
ゴールまで平均16.5kmほどで走れば間に合う計算ですが、通常BRMでは600kmまでは15km/hの計算です。
つまり少しですが借金を背負ってのリスタートとなりました。
いつもは仮眠場所での仮想クローズから遅れて出発することはないので、これが初めての経験です。
でもぜっとさんが「ぜーったい大丈夫ですからっもう!」と言うので1時間ほどのビハインドで走り始めました。
途中、R札幌の吉田さんと一緒になり3人で走ります。
吉田さんとは2015年の「北海道PBP600km」でご一緒して以来、久しぶりのライドです。
「北海道PBP」はホンモノのフランスのPBP(パリ~ブレスト~パリ1200km)のあった夏に北海道で開催した「比布~別海~比布600km」のブルベです。
名称はもじりですが最高に素晴らしい景色を見ることができました。
360度とにかく広い北海道、夜には大きな半球に満天の星。
そして早朝の津別峠から見た屈斜路湖の雲海はまるで夢かと思うような彩りで…。
思い出しても胸がいっぱいになる景色、そんな景色を見ることができたのは一緒に走ってくださった吉田さんのお蔭でした。
そんな恩のある吉田さんですが…、いろいろ笑えることをしでかしてくださるネタの宝庫なのです。
わたしが最初に関わったのは、AJ神奈川の追い風400というブルベで、完走後に帰ろうとしたらわたしのシューズが無くなっているという事件がありました。
正確には、同じシューズがあったので履いてみたらぶかぶかで自分のじゃなかった。
「400km走ったら足が小さくなった?」と驚いたのですが、単に吉田さんが取り違えて持って帰ってしまっただけでした。
ビンディングから履き替えたので、気が付かなかったのですって。
北海道に帰ってから気づいて送ってくださったそうです。
でもその時点では取り違えたのが誰かはお互いわからず、北海道PBP600を一緒に走っていた2日目に
「実は追い風400の時に靴を間違えて持って行った人がいて…」
「え?!それ、オレ!!!」
と感動の再会を果たしたのでした。涙じゃなくて笑いが出たけど。
「よく忘れ物をする」と有名だそうで、このイザベラで初日にお風呂に忘れ物があったときも一番に吉田さんが確認されていましたっけ。
その時は濡れ衣でした。
ところがイザベラ2本目のコンビニPCでのことです。
わたしが買い物をして「suicaで」と払おうとしたら、レジの読み取り機の上にスマホが置いてあってピッと出来ないのです。
「これ、前の人の忘れ物では?」
スマホを置いていっちゃう人もいるのねえ…とある意味感心してたら、その持ち主はまさかの吉田さんだったことが後から判明しました。
さすがだ…。
「発見者はご馳走してもらえるんだよ」なんて連絡してくれたスタッフに言われたので、今度言ってみよう!と思ったのでした。
そんな思い出話などしながら3人で走っていたらあっという間に通過チェックに到着です。
借金も返せました。
わたしたちのほかにも何人もの参加者さんたちがいて、この時間帯で大丈夫なんだ、って安心しました。
「でしょ~?」とぜっとさん。
ずっと不安そうな顔してたのでしょうね、わたし。ごめんなさい!
通過チェックのコンビニで買い物をしてレシートをもらい自分の自転車に戻ると、
わたしの自転車のそばに別のレシートが落ちています。
拾って確認すると、おにぎりとお茶を購入したレシートでほんの数分前のもの。
ふと目をあげると少し離れた場所で、吉田さんがおにぎりを食べてお茶を飲んでいます。
「これ、吉田さんが落としたんじゃありません?」と見せると
「え?違うよー!」と強く言い張る。
いえ……今あなたが食べているものとまったく同じ内容のレシートなんですけど。
なぜしらを切ってるのでしょうか。
ぜっとさんが「ひとみさん、それ吉田さんに2万円で売ればいいですよ」と真顔で笑うと、
吉田さんはようやく「いやー、なんでだろう。落としてないのに…」とブツブツ言いながらレシートを受け取りました。
あれってわたしが拾ってなかったら気づかないまま、通過チェックの証跡無しということで認定外になってたかもしれません。
シューズの取り違えから始まって、置き忘れのスマホといい、このレシート。なぜわたしが拾うのでしょうか。
岩手県通過C2江刺~PC4宮城県石巻 104.1km
ブルベの話をしたいのですが、吉田さんの話ばかりになってしまいました。
通過チェックは岩手県。そこから次は宮城県の石巻を目指して進みます。
ここからもぜっとさんと吉田さんとの3人旅です。
今回のイザベラ・ヘブンのルートは、AJ神奈川の公式サイトに参考として載せていたのはRide With GPSというサイトのルートでした。
そこからダウンロードしたものをeTrexというGPS機器に入れると、途中でルートが切れて表示されなくなってしまったそうです。
データサイズが大きいからかな。あるいはポイント数の上限を越えてしまうのかな。
わたしのGPSは同じGarminでもEdgeという機器だったので大丈夫だったようでした。
eTrexはおもに登山ユーザをターゲットにしているので、600kmのルートを入れることは想定していないのでしょう。
その「途中でルートが切れちゃう件」は2日目の宴会のときに話が出ていて、PCからあるいはeTrex同士で、データを受け渡したりして解決したようでした。
それが今朝になって吉田さん、「オレのもルートが途中で切れてるんだよね」と。
「あら。eTrexじゃなくても?」と聞くと「いや、eTrex」。
じゃあその件を知らなかったのかと思ったら「聞いてたんだけどねえ。自分のこととは結びついてなかった」と。
さすが吉田さんです…。
「だから一緒に走ろう!途中まではオレがひくから」と元気に走り始めます。
ま、いっかあ。楽しいから。
ルートは北上川沿いに南下です。
大きな北上川のほかにも細い川が行く筋も流れ、木陰の中を気持ちよく走っていきます。
途中、ぜっとさんが「怖い話」をしてそれが本当に怖かったので、「朝からなんて話を!」と言いつつ、これが夜だったら本当に怖すぎる…と思い直しました。
昨日の奥入瀬渓谷と同じく、景色とお天気の良い中を、楽しく走れる、とても幸せな気分です。
自転車でこんなところまで来たんだね、ってそのことをじっくりかみしめながらペダルをまわしていきます。
長閑な岩手の平野に、線路がどこまでも長く続いているのが見えました。
北上川をずっと行くといつのまにか宮城県です。
ありがとう、岩手県、こんにちは宮城県。
さらにずっと走っていた北上川と別れ、今度は旧北上川が見えたらもう石巻です。
最終PC。ついに残りは140kmを切りました。
PC4宮城県石巻~Finish 福島駅 138.3km
スタッフから「(主催の)AJ神奈川でまだ走っているのはひとみさんだけ」とプレッシャーを受けつつ、ぜっとさんの素晴らしいペース配分のお蔭でまだ大丈夫、ゴールへ走れます。
気温が上がりはじめていて、初日の山形の寒さとはまったく違って暑いくらいになってきました。
半袖で良さそうなほど。
市街地や松島の観光地は混んでいて、活気に包まれていました。
今日は海もとても穏やかです。それぞれ心の中で静かに祈りながら先へ進みます。
途中ぜっとさんが唐突に「ちょっと休んでから行きます!」と離脱してコンビニに入っていきました。
どうやら暑さでしんどくなったようです。
わたしも一緒に休もうか…少し逡巡しましたが「まだ大丈夫なうちに先に進んで皆さんの足を引っ張らないようにしよう」と思い直し、吉田さんと二人で先へ走ることにしました。
それでもここまでずーっと一緒に走ってきたぜっとさんのことが心配で、途中何度も振り返ってしまうのはわたしも吉田さんも同じ。
ぜっとさんのTweetを確認したりしながら、いつ追いついてくるかしらと後ろ髪ひかれながら走りました。
吉田さんは相変わらず面白くて走りながらずーっとおしゃべりしている。パワフルです。
ワインの話で盛り上がって、こちらを振り向きながらとてもゆっくり走るから、遅すぎてかえってふらふらして倒れそうになる。
サイコンを見たら10km/hを切ってる!平地でこれは別の意味でトレーニングですね。
バイクコントロールが試されます。でもそんなことここでしなくても。
「吉田さん、あの…このままだと倒れちゃんですが」
「え?大丈夫?!そこらのコンビニで休みもう!」
きりっと頼もしく言う吉田さんに吹き出しそうになりつつ、
「ち、ちがうんです。そうじゃなくって、えっと…遅くて倒れそうなんです」と必死に言ったらやっと伝わったようで、
「よし!」と今度はスピードあげて走りはじめました。
吉田さん、ほんと天然でおもしろくて間抜けで。
そしてとっても優しくて。
塩釜から宮城野を過ぎます。
2012年にこのあたりを走ったときは、海沿いに何kmにもわたって松の木が倒れていました。
今回は倒れた松もなく、もちろんかつての松林もなく、海と空き地と道路が続いています。
大きなダンプやトラックがわたしたちをかすめて走っていきます。何台も何台も。
なんだか息苦しい気持ちで、名取川を渡り、閖上(ゆりあげ)を行き、仙台空港を通り過ぎます。
今度はまた、ゆっくり来なくちゃ。そう思いながら阿武隈川の河口を越えて海を離れ、亘理(わたり)を走ります。
途中、右側、東の空が見事な夕焼けでした。
水を張った田んぼに映る夕焼け空が美しくて足を止めて見とれていました。
さあ、日が暮れる。最後の夜が来ます。
予定より随分遅くなったけれど、まだ間に合うはず。
福島へ、ゴールへ行きましょう。
ただ、この時間なのにぜっとさんがまだ追いついて来ないのが心配です。
今度は阿武隈川を遡り、山の中へ入っていきます。
丸森の暗い山道。
今朝ぜっとさんが話してくれた怖い話が今になって時間差攻撃をしかけてきます。
阿武隈渓谷はまっくらで、河の流れるゴーゴーとした音が深いところからわき上がってきます。
灯りひとつないでこぼこの路面を、必要以上に怯えながら走る。
怖いんです。暗いのも、川の音も、道が荒れているのも、山道も。
やけに余分な力が入りながら走っていると、例のオーディナリーが走っていました。
淡々と飄々と。
あの平常心、見習いたい!
わたしは無様に怯えながら、吉田さんのテールライトの灯りに必死についていく。
何か出そうなんですもの。
何か聞こえそうなんですもの。
ほら。
ほら?
あれ?
ほんとうに聞こえてきます。
女の人の歌う声がかすかに。
空耳じゃない!聞こえます。「FuFuFu…RuRuRu…」ね?ほら…近づいてくる。
きゃああああああ!絶対あれって阿武隈渓谷の地場霊!セイレーンの仲間?!
すぐそばに歌声が近づくにつれどんどん周りが白く明るくなり、もう目を閉じて停まろうかと思ったら、歌が止んで「おつかれ~♪」という爽やかな声とともに人影が二つしゃーっと通り過ぎて行きました。
幽霊じゃなかった!人間でした。同じイザベラを走る近畿のまきよさんたちでした。
まきよさん、なんであんなに楽しそうに歌いながら走れるの?!
この山道を息も切らさず軽やかに…。
歌う地場霊じゃなかったよ。
幽霊じゃなくてよかったけど、別の意味で怖いものを見てしまった気がしました。
なぜだか命からがらになって走り、いつのまにか福島県に入り、やがて街の明かりが見えてきました。
はあ…よかった。心の底から安堵の溜息。
ゴールまで残り20kmを切りました。
ぜっとさんはどこかでやめてしまったのかな。
ずっと一緒だったのに、最後の最後で…。
そう思うとなんだか感傷的な気持ちになります。
「間に合うと思ったんだけどねえ」吉田さんも残念そうです。
山の中から出て、時々住宅もある夜道を最後の力で漕ぎます。
さすがに吉田さんもお疲れのようで言葉数が少なくなってきました。
わたしも随分眠いです。
あと少し。このあと少しが辛い。
気を抜かずに集中していかなくては。
暗い中、前方の看板に何か灯りが写りました。
わたしたちのライトじゃない。なんだろう?
目を凝らそうとした途端「よっしゃー!!!」と声がして、
わたしたちを抜き去った1台の自転車。
「ぜっとさん!!!」
「うおおおお!」
やったー。ぜっとさんです。すごい!最後の最後にやってくれました。
「追いつきましたよ~」とにんまりするぜっとさんに、わたしも笑いかけながら、だけどなんだか泣きそうになっちゃいました。
うるうる。なんだってこうオイシイところをもっていくのでしょう。
すっかり元気百倍になって、福島駅を目指します。
気分があがってキラキラのウィニングロード。
ぜっとさんの道中の話を聞き、わたしたちの話もしながら、あっという間にゴールにつきました。
600km、ゴール。
そしてイザベラ・ヘブン、1500kmの旅のフィニッシュ。
つつましくコンビニで買い物をしてレシートをもらい、少し無口になってゴール受付へ向かいます。
みんなが拍手で迎えてくれます。口々に「お疲れ様ー!」と。
何を話したらいいのか、あふれすぎてわからない感じで、自転車から降りた途端にどっと疲れて歩くのも億劫になって、椅子に腰かけたきり動けなくなりました。
うまく動かない手でブルべカードにサインをして、写真を撮って。
その後、どうやって自分の宿に行ったのか、あまり覚えていないのです。
身体はとても疲れているのに、頭が興奮してなかなか寝付けず、寝てからも何度も目が覚めました。
まだ、夢の中にいるような気持ちでした。
翌朝目が覚めたら、しんどかったことたちの濾過は始まっていました。
楽しいことだけ凝縮されたエッセンスになってほかの辛いことはもう思い出せないのです。
そしてようやく、走りきったという充実感がわいてきました。
ブルベって、なんて楽しいんだろう、ってそればっかり感じていました。
イザベラ・ヘブン。1500km、東北を巡る旅。深く濃い日々。
身体が自転車と一体になっていた1週間でした。
意外と走れちゃうものです。
準備は大変でしたが、たくさんの素晴らしい景色と親切な地元の方々、同じブルベを走る仲間たち、助け合い、そして主催のマヤさんはじめAJ神奈川のスタッフ、待っていてくれる家族、励まし応援してくれた人たち、そんな大勢の人たちのお蔭で、素晴らしいゴールデンウィークを過ごすことが出来ました。
今後もどこかで「ヘブン」があったら参加したいです。
あんな非日常がまたわたしを待っている。
ぜひあなたも!