2人で同じ風を感じるタンデム自転車に乗りたくなった時、越えねばならない法の壁とは?

走る楽しさをサドルの上で共有できる「タンデム自転車」とは

前後に2つ以上のシートがあるタンデム自転車をご存知だろうか?
見たことはあるけど乗ったことはないという方がほとんどだろう。

昔、ヤッターマンというアニメで悪役のドロンボー3人組がタンデム自転車で命からがら逃げるシーンがあったが、よく見てみるとハンドルは付いているものの一輪車3台を一列に繋いだだけの構造なので実際に走らせるのは難しい。

ドロンボー3人組とタンデム自転車

走らせるのは難しいが、実際に学生が試作してみた三輪タンデムはある

1人が自転車を漕いで、もう1人が荷台や後輪ハブ軸に乗る行為を2人乗りと呼んで道路交通法(以下、道交法と略)違反になるが、タンデム自転車は2人、またはそれ以上で合法的に乗れるホイールベースの長い自転車のことだ。

正面から見た表面積は1人分なのに自転車を漕ぐ力は2人分あるからスピードが出せる。5人乗りタンデム競技でオランダチームが平均時速49kmという驚異的なスピードで3,000mを駆け抜けたという記録が残っているが、のちに5人乗りタンデム競技自体が無くなってしまったので不滅の記録となってしまった。

パラリンピック種目、タンデムスプリント
パラリンピック種目、タンデムスプリント

出典:日本財団パラリンピックサポートセンター
現在は前後2人乗りで前席が健常者(パイロット)、後席が視覚障がい者(ストーカー)のタンデム自転車がパラリンピックの正式種目となっている。

都道府県によって対応が分かれるタンデムの公道走行

実は47ある都道府県の中で、車道を含めた全ての道路でタンデム自転車が走行できるのは、わずか16県に(2017.11.24現在)とどまっている

日本地図

▲2017年11月現在、タンデム自転車の公道走行を認めているのは、山形、群馬、新潟、富山、長野、静岡、愛知、京都、大阪、兵庫、広島、島根、愛媛、大分、佐賀、宮崎の16府県

県の公安委員会ごとに見解の相違があるわけだ。そもそもタンデム自転車はホイールベースが長いから、歩道通行できる普通自転車の枠には収まらない。解禁されても歩道は通行できず、小回りが利かない・低速で不安定という弱点もあるが、車道を走る分には全く問題ない。

しまなみ海道を擁する広島県と愛媛県は共に解禁済みなので海外からも大勢のタンデムユーザーが訪れて多島美を楽しんでいる。皆さん、すれ違いざまに「コンニチワ」と声を掛けてくれるのが嬉しい。

ところが、である。例えば成田空港に到着した外国人夫婦がタンデム自転車を組み立てて、いざ東京へ向かおうとしたらハイ違反。まだ千葉県も解禁前だ。2020東京パラリンピックの会場になっている東京都さえ、まだ解禁してない。この状況をマズイとは思わないだろうか?

現状ではパラリンピック前に来て東京でタンデムの練習をしたいと思っても無理だということ。もうひとつある。タンデム自転車の公道走行を禁止しているのは世界中で日本だけだということ。早く解禁しておかないと世界に恥を晒すことになる。第一、同じ国で共通の道交法に則っているのにA県はOKでB県がNGとなる根拠に乏しい。せいぜい交通量の差が認められる程度で道路構造が異なる訳じゃなし、先行する16県で問題が頻発している訳でもない。要は、やる気があるか無いかの差でしかない。

タンデム解禁に熱心な一部のサイクリストからは、違反と知りつつタンデムで東京の街を走り、わざと捕まろうかという冗談も聞かれる。ニュースになることで関心を集めることが解禁への近道ではないかという話だ。もっとも、タンデム自転車が禁止されていることさえ知らない警察官が多いのではないか。堂々と走っていたら捕まえてくれない可能性もある。それはそれで問題だが。

目の不自由な方も自転車の楽しさを味わえるタンデム

視覚障がい者にとって白い杖や点字ブロックは命綱だ (C)いらすとや
視覚障がい者にとって白い杖や点字ブロックは命綱だ (C)いらすとや

視覚に障がいを持つ方にとって安全に自転車を運転することは絶望的だが、タンデム自転車の前席に運転してくれる人が乗れば、一緒にペダルを漕ぐことは出来る

自活研の小林理事長がイベントで視覚障がいを持つ方をタンデムの後席に乗せて公園を一周した際に「終わりだよ」と声を掛けたら、消えそうな声で「もう一周」と懇願されたそうだ。そしてもう一周した後に「楽しかった」と笑ってくれた。「あの笑顔が忘れられない」と何度も聞かされているが、風を感じて走る権利は何人たりとも妨げられない

以前、東京都盲人福祉協会へ取材にうかがった際に応じてくれたのは柔道のパラリンピアンだったが、目の代わりに白い杖を振って歩いているのだから、杖を折られてしまったら、動けなくなる

東京都内には約37,000人の視覚障がい者が住んでいるそうだが、歩道上で白杖を何本も自転車のスポークに巻き込まれて折られているので、ほとんどの人が自転車は怖い、憎いと思っている。お願いだから自転車は車道を走ってもらいたい点字ブロック上に駐輪しないで欲しいと見えない目から大粒の涙をこぼして訴えられた

タンデム自転車の経験を通じて彼らに自転車は楽しいと思ってもらいたい。そして、その中から将来の自転車パラリンピアンが生まれてくれたら本当に嬉しい。

災害時に活用したい自転車、タンデムの可能性がここにもある

震災などが起きた後で自転車が活躍したというニュースを耳にした方も多いだろう。一方クルマで逃げて渋滞にハマり、クルマごと津波に流された映像を記憶されている方も多いはず。

避難中に渋滞にはまったらそこから動けなくなってしまう
避難中に渋滞にはまったらそこから動けなくなってしまう

クルマは個室だから守られている感が強いので、いざとなるとクルマで避難したくなる心理は良く分かる。東日本大震災の数年後に震度5クラスの地震があった際も人々は性懲りもなくクルマで避難して渋滞にハマった。その後の調査でも約96%の人がクルマで逃げると答えており、喉元過ぎて熱さを忘れている。

津波が襲って来たら自転車で逃げるのが絶対にオススメ。親子3人なら前後に子どもを乗せられる電動アシスト自転車がいい。バッテリーが切れるまでフルアシストしてくれるリミッター解除ボタンの設置を国に提言しているものの色よい返事はもらえていないが、とにかくクルマごと流されたくなければ自転車で逃げるべき。震災の後ではなく、避難する際にこそ自転車を活用して欲しい

そんなこと言われてもウチには足腰の弱い老人がいるから無理という声が聞こえて来そうだが、タンデム自転車は避難困難者を救助する上でも威力を発揮する。確かに1台に2人しか乗れないけれども、自転車で逃げるという選択肢があれば助かるか助からないかの境界線を超えられるかもしれない

自転車で避難すれば渋滞は関係ないし、万が一自転車で進めなくなった際に道端に放置しても更なる渋滞の原因を作らない。クルマは放置すると場所を取るので厄介である。

電動アシストタンデム自転車という新しいカテゴリーが生まれる契機にもなるはずだ。これは人命救助に関わる話なので各県の公安委員会は真剣に検討してもらいたい。いざという時はルールなど無視して乗ればいいという話ではない。普段からタンデムに乗れる環境を整えておくことが災害時の人命救助につながるのだ。

タンデムで10年間ハネムーンした夫婦、タンデムを楽しむ元議員も

しまなみ海道でサイクリング・ツアーガイドをやっている友人の宇都宮一成夫妻はタンデム自転車で10年間、世界88カ国をハネムーンで回った。

世界中をタンデム自転車でまわった宇都宮一成氏と愛車のタンデム
世界中をタンデム自転車でまわった宇都宮一成氏と愛車のタンデム

もちろん一気に回った訳ではなく、時々は帰国して自転車を修理したり、必要な手続きをしたりしながらだが、それにしても良くまあ10年間も一緒に旅行できたなと思う。

1998年オーストラリアにて (C)NPO法人シクロツーリズムしまなみ
1998年オーストラリアにて (C)NPO法人シクロツーリズムしまなみ

2002年モザンビークにて (C)NPO法人シクロツーリズムしまなみ
2002年モザンビークにて (C)NPO法人シクロツーリズムしまなみ

2006年チベットにて (C)NPO法人シクロツーリズムしまなみ
2006年チベットにて (C)NPO法人シクロツーリズムしまなみ

以前あらましを話してもらったが、さまざまなトラブルを経験し克服するたび達成感を感じたり、ペダルを漕ぎながら夫婦喧嘩をしたり、普通の生活ではあり得ない経験もしたそうだ。よく社会復帰できたなとも思う。

最初はクロモリ(鉄)製フレームで組んだタンデム自転車で走り始めたが、雨の多い地帯を走ることも多くフレームが腐食してしまったので、2代目はアルミ製のフレームをスポンサードしてもらって乗った。

途中、水の確保が難しいエリアでは前後に水タンクを積んで走ったが、ただでさえ重いタンデム自転車に2人分の荷物以外に水まで積んで走るのは大変だったろう。パンクも数えきれないくらい経験したらしい。最後はチューブを見ただけで長持ちしそうか分かるようになったというから恐るべしである。この顛末は1冊の本になっている。

宇都宮夫妻のタンデム自転車ハネムーンをまとめた「世界でいちばん長いハネムーン」
宇都宮夫妻のタンデム自転車ハネムーンをまとめた「世界でいちばん長いハネムーン」

元参議院議員の小泉昭男氏は現在72歳。国会議員時代は川崎の自宅から永田町まで毎日自転車で通勤していたという伝説の持ち主だが、現在は夫婦でタンデム自転車を楽しんでいる。

ウッドフレームの珍しい自転車を手に微笑む小泉昭男元参議院議員
ウッドフレームの珍しい自転車を手に微笑む小泉昭男元参議院議員

国内各地で乗るために後輪が2本ある3輪車だが、後輪2本は限りなく接近しており一見すると2輪タンデムにしか見えない。法的には3輪車だからタンデムの走行禁止県でも問題なく走れる。

奥様が時々漕ぐのを休むとペダルが重くなるが、再び漕ぎ始めると電動アシスト自転車のようにペダルが軽くなるのが分かる。

タンデム自転車は2人が息を合わせて同じタイミングでペダルを漕ぐ必要があるから、宇都宮夫妻や小泉夫妻のように息の合った夫婦にピッタリだ。でも3輪タンデムは輪を掛けて重いから日本中を2輪タンデムで走れるようにしてあげたい。

「公道解禁」から広がるタンデム自転車の多様化に期待

筆者が講師を務める東京サイクルデザイン専門学校でもタンデム自転車を製作している学生がいる。

3年コースの場合、在籍中に最低8台の自転車をフレーム溶接からビルディングする。学校の課題以外にも組む場合があるので、学生によっては10台以上の自転車を製作するが、タンデム自転車は普通の自転車より重量があるのでブレーキやホイールに特殊な物を使わなければならず、全長が伸びるので力学的にも工夫が求められ難易度が上がる。

それでもタンデムには独特の魅力があるし、何よりも後席に座る視覚障がい者の喜ぶ顔が見たいから苦労なんて厭わないと、その学生は笑顔で語ってくれた。彼の作り出したユニークなタンデムフレームは美しさと強さを秘めた自転車になった。

東京サイクルデザイン専門学校生が製作したタンデム
東京サイクルデザイン専門学校生が製作したタンデム

ここ数年のうち東京でもタンデム自転車が解禁になれば、もっとさまざまなフレームが登場するだろう。2人で1台の自転車を一緒に漕ぐタンデムデートや、タンデム合コンが流行するかもしれない

ワクワクするのは筆者だけだろうか? 全国一斉解禁は来年か、それとも? いずれにしても数年内には都内の自転車シーンが激変することを予言しておく。

Y’s Road オンライン アウトレットコーナー

あわせて読みたい!

アバター画像

WRITTEN BY内海潤

NPO法人 自転車活用推進研究会 事務局長 東京サイクルデザイン専門学校の非常勤講師として次世代の自転車人を育てる一方、イベントや講演会などを通じて自転車の楽しさや正しい活用を訴える活動を続けている。テレビへの出演多数。共著書に「これが男の痩せ方だ!」「移動貧困社会からの脱却」がある。別名「日本で一番自転車乗りの権利を考えている*事務局長」(*FRAME編集部見解)

他の記事も読む

pagetop