2018ジロ・デ・イタリア|フルームの優勝はシナリオ通りだったのか !?

前半から手堅い走りでマリアローザを着続けたサイモン・イェーツ(イギリス、ミッチェルトン・スコット)だったが、第19ステージですべてが変わった。クリス・フルーム(イギリス、チームスカイ)が起死回生のアタックを仕掛け、これが見事に決まってマリアローザを獲得したのだ。
このフルームの動きにより、疲労がたまっていたイェーツは、張り詰めていた緊張の糸が切れて大失速。山を苦手とするスプリンターたちとグルペットでフィニッシュしたのだった。果たして、フルームの勝利はシナリオ通りだったのだろうか? 

イェーツの総合優勝とも思えたのだが・・・

第18ステージまでは、完全にサイモン・イェーツ(イギリス、ミッチェルトン・スコット)の思惑通りにレースが進んでいた。第1ステージの個人タイムトライアルの試走で落車したクリス・フルーム(イギリス、チームスカイ)はあまり調子が上がらず、第13ステージまでは総合10位以下を低迷していた。

第14ステージのモンテ・ゾンコランでアタックしたフルームはついにステージ優勝をつかむのだが、そのときもイェーツはフルームからわずか6秒遅れの2位でフィニッシュしており、事実上まだレースはイェーツの完全なる支配下にあった。

第14ステージで優勝したクリス・フルーム(イギリス、チームスカイ)。しかし、その6秒後ろにマリアローザのサイモン・イェーツ(イギリス、ミッチェルトン・スコット)がいる (C)RCS SPORT
▲第14ステージで優勝したクリス・フルーム(イギリス、チームスカイ)。しかし、その6秒後ろにマリアローザのサイモン・イェーツ(イギリス、ミッチェルトン・スコット)がいる (C)RCS SPORT

さらに第15ステージでは、逆にイェーツのアタックが見事に決まり、鮮やかなステージ優勝を果たしただけでなく、フルームに1分32秒の差を加えることにも成功している。この時点でイェーツとフルームとの差は4分52秒。普通に考えれば、いくらフルームといえども、好調なイェーツに追いつくのは無理なのではないかと多くのジャーナリストも分析していた。

第15ステージを独走で制したサイモン・イェーツ(イギリス。ミッチェルトン・スコット)。これを見た多くのファンが、今年のジロはイェーツの総合優勝で決まりだと思ったが・・・ (C) RCS SPORT
▲第15ステージを独走で制したサイモン・イェーツ(イギリス。ミッチェルトン・スコット)。これを見た多くのファンが、今年のジロはイェーツの総合優勝で決まりだと思ったが・・・ (C) RCS SPORT

フルームの底力を見せつけた第19ステージ

第16ステージの個人タイムトライアルでフルームはイェーツから約1分とりかえすものの、タイムトライアルを得意とするフルームとしては、ステージ5位という成績は満足できるものではなかっただろう。このタイムトライアルを終えても、まだ総合でのイェーツとフルームとの差は3分59秒もあった。

続く第17ステージは平坦のスプリントステージだったので、総合上位勢に大きな変化はなかった。さらに第18ステージもマキシミリアン・シャフマン(ドイツ、クイックステップフロアーズ)の独走による勝利だったこともあり、総合上位勢はおおよそひと塊でフィニッシュしている。だた、マリアローザのイェーツだけがフルームやトム・デュムラン(オランダ、サンウェブ)よりも30秒近く遅れてフィニッシュしており、それまで好調だったイェーツにやや陰りが見えていたことは事実だった。

たった一つのステージがレースのすべてをひっくり返してしまった

今年のジロ・デ・イタリアは、たった一つのステージで、そのすべてが決まったと言っても過言ではないだろう。クリス・フルーム(イギリス、チームスカイ)が80kmにわたる独走で勝った第19ステージである。フルームはステージ2位のリカルド・カラパス(エクアドル、モビスター)に3分の差を付けるという信じられない快走で個人総合でも首位に躍り出て、結局第21ステージが行われたローマまでそれを手放すことはなかったのである。

第19ステージ、80kmにわたる独走で2位以下に3分以上の差をつける圧倒的な勝利をみせつけたクリス・フルーム(イギリス、チームスカイ)。(C) RCS SPORT
▲第19ステージ、80kmにわたる独走で2位以下に3分以上の差をつける圧倒的な勝利をみせつけたクリス・フルーム(イギリス、チームスカイ)。(C) RCS SPORT

このステージでイェーツは、40分近く遅れる大失速。最後は山を苦手とするスプリンターたちとグルペットでゴールするというありさまだった。およそ、マリアローザを着た選手の走りとは思えず、誰もが目を疑ったのだった。
本人曰く「たまっていた疲労が一気に出て、脚がまったく動かなくなった」。これが20日間にわたるステージレースの恐ろしいところである。

第20ステージ、ついにマリアローザで走るクリス・フルーム(イギリス、チームスカイ) (C) RCS SPORT
▲第20ステージ、ついにマリアローザで走るクリス・フルーム(イギリス、チームスカイ) (C) RCS SPORT

2006年ツール・ド・フランスに似ている?

フルームの第19ステージでの走りを見て、熱心な自転車レースファンならば、2006年のツール・ド・フランス第17ステージを思い出したのではないだろうか。そう、フロイド・ランディス(アメリカ、フォナック、当時)が起死回生のアタックを成功させ、ステージ優勝するとともに、マイヨジョーヌをも獲得し、総合優勝を決めたステージである。

しかし、ランディスはその後にドーピングの事実が発覚。ツールの総合優勝を取り消されるとともに、2年間の出場停止処分ともなったのである。この年のツールの優勝者は、当初総合2位だったオスカル・ペレイロ(スペイン、ケス・デパーニュ)に繰り上げられたのだった。

今回のジロでも、不調に見えたフルームがいきなり復活して、たった1つのステージ優勝ですべてをひっくり返している。ランディスが勝ったときも多くのレース関係者が彼のドーピングを疑ったが、実はフルームもまさに今、ドーピング疑惑の渦中にいる。

2017年のブエルタ・ア・エスパーニャを制したフルームだが、その第18ステージが終わった後の尿検査で、喘息薬に使われるサルブタモールが基準値の倍も検出されたのである。サンプルBからも同様の結果が出た。

通常、こうなるとすぐにUCI(国際自転車競技連合)から出場停止などの処分が下されるのだが、それから半年以上だった現在も裁定待ちの状態が続いているのだ。ただ、サルブタモール自身は申請をすれば使っても構わない薬物となっており、当然フルームも喘息の治療という名目で申請はしているのである。したがって、完全な黒ではなくグレーという状態なのだ。

第20ステージ、ディフェンディングチャンピオンのトム・デュムラン(オランダ、サンウェブ)もフルームに睨まれては動くことができない  (C) RCS SPORT
▲第20ステージ、ディフェンディングチャンピオンのトム・デュムラン(オランダ、サンウェブ)もフルームに睨まれては動くことができない  (C) RCS SPORT

ただ、グランツールのチャンピオンとして、これはいかがなものかという意見は根強い。ツールに5勝しているフランスの英雄ベルナール・イノーなどが、「3大ツールすべてに優勝した選手ということでエデ・メルクスといっしょにフルームの名前を並べないで欲しい」と公然と批判までしている。

もし、フルームのパフォーマンスがドーピングによって支えられていて、今回のジロも最初から活躍してはブーイングが出てしまうので、終盤の山岳ステージで一発逆転をしてファンの賛同を得ようと考えていたとしたら・・・。いやいや、あの爽やかな笑顔のフルームに限って、そんなことはないと信じたい。
この批判を払拭するためには、やはりフルームは完全にクリーンな状態でツールに勝つしかないだろう。このうがった見方が単なる杞憂で終わることに期待したい。

ローマでの最終第21ステージ、クリス・フルーム(イギリス、チームスカイ)は、ピンクのスペシャルバイクで登場した (C) RCS SPORT
▲ローマでの最終第21ステージ、クリス・フルーム(イギリス、チームスカイ)は、ピンクのスペシャルバイクで登場した (C) RCS SPORT

2018ジロ・デ・イタリア最終成績

1 クリス・フルーム(イギリス、チームスカイ)89h02’39”
2 トム・デュムラン(オランダ、サンウェブ)+46″
3 ミゲルアンヘル・ロペス(コロンビア、アスタナ)+4’57”
4 リカルド・カラパス(エクアドル、モビスター)+5’44”
5 ドメニコ・ポッツォヴィーヴォ(イタリア、バーレーン・メリダ)+8’03”
6 ペリョ・ビルバオ(スペイン、アスタナ)+11’50”

ローマでの優勝パレード (C) RCS SPORT
▲ローマでの優勝パレード (C) RCS SPORT

Top Photo (C) RCS SPORT

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WRITTEN BY仲沢 隆

仲沢 隆 自転車ジャーナリスト。早稲田大学大学院で、ヨーロッパの自転車文化史を研究。著書に『ロードバイク進化論』『超一流選手の愛用品』、訳書に『カンパニョーロ −自転車競技の歴史を“変速”した革新のパーツたち−』がある。

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