自転車通勤導入のススメ!リスクに適切に対処して制度化するには?
目次
はじめに
今回は、自転車通勤制度を取り上げます。特に、自転車通勤制度を導入するにあたって、会社が注意すべき事項について書きます。
「会社側から見た自転車通勤制度の導入」という点では、どうしても「自転車通勤を認めると会社にリスクが生じるので、一律禁止しましょう」という結論に至ることも多いように思います。
しかし、今回は、敢えて、「リスクに対して適切に対処して自転車通勤制度を導入してはどうですか」という立場で考えてみたいと思います。
なお、本稿は弁護士萩原崇宏個人の見解を示したものであり、所属団体等とは一切関係がありません。
また、実際に自転車通勤制度を導入されるに際しては、就業規則の整備等も含めて、弁護士に相談されることをお勧めします。
1.自転車通勤を認めた場合の会社のリスク
(1)会社が損害賠償責任を負うリスク
まずは、会社が従業員に自転車通勤を認めた場合のリスクについて把握しておきましょう。一番大きなリスクは、「従業員が交通事故を起こした場合、会社から被害者に対する損害賠償責任が発生する可能性がある」ということです。
これは、民法715条1項に定められた「使用者責任」に基づくものです。
「ある事業のために他人を使用する者は、被用者がその事業の執行について第三者に加えた損害を賠償する責任を負う。ただし、使用者が被用者の選任及びその事業の監督について相当の注意をしたとき、又は相当の注意をしても損害が生ずべきであったときは、この限りでない。」(民法715条1項)
この使用者責任が発生するためには、次の3つの要件を全て満たす必要があります。
- 被用者の不法行為責任
- 使用関係
- 事業の執行について行われたこと(事業執行性)
本稿では、「従業員が自らに過失がある交通事故を起こした場合」を想定して、1.と2.を満たすことは前提として、説明は省略させてもらいます。
実際、多くの場合で問題になるのは、3.の事業執行性です。
(2)事業執行性とは
少し専門的になりますが、事業執行性とは、「当該従業員の行為が、会社の事業の執行について行われたものか否か」ということです。
通勤は、会社の事業と密接に関連する行為ではありますが、会社の事業そのものではありません。
しかし、判例においては、この事業執行性は、行為の外形から判断されるとしているため(※1)、「通勤途上の事故である」という一事のみをもって、会社の責任を否定することはできません。実際には、個別具体的な事情によって、会社の責任の有無が判断されることになります。
法律や裁判例において、従業員の自転車通勤中の交通事故についてどのような事情があれば事業執行性が認められるのか、あるいは、否定されるのか、という一般的な基準はありません。
自動車通勤の事例が参考になるものの、自転車通勤に限っていえば、裁判例の十分な蓄積があるとは言いがたい状況です。
(3)裁判例
現在のところ、自転車通勤途中の交通事故について、会社の責任を肯定した裁判例としては、東京地判平成25年8月6日(※2)が挙げられます。
同裁判例は、自転車便の請負人Aが自転車便業者である会社に出勤する途上に歩行者と接触したという交通事故について、会社が使用者責任を負うか否かが争われたものです。同裁判例においては、次のような事実関係から、事業執行性が肯定されています。
- Aが自転車便の運転手として業務に不可欠な無線機を借り受けるために会社の事務所に赴く途中で発生したこと
- 会社はAが自らの自転車を使用して自転車便の運転手として稼働することを容認し、会社の事務所との往復に際してこれを使用することも黙認していたこと
- Aが自らの自転車を購入した後、会社においてAに対して自転車便に使用する自転車を用意することがなくなり、Aの自転車の整備等に関して適宜の便宜を図っていたこと
一方、広島高裁松江支判平成14年10月30日(※3)においては、次のような事実関係から、事業執行性が否定されています(※4)。
- 単に事故の個人的な便宜のために自転車を通勤の手段として利用していたに過ぎず、同自転車を日常的に会社の業務として使用していたわけではないこと
- 会社も、従業員が自転車を日常的に業務に使用することを容認・助長していたわけではないこと
また、同裁判例では、会社が自転車通勤者のために駐輪場を確保していたことや、自宅から会社までの距離が4キロメートルを超える場合はバス代相当の手当を支給していたことや、定期的にチラシを配布するなどして従業員の交通安全意識の涵養を図っていたこと等の事実を考慮しても、事業執行性は肯定することは出来ないとしている点も参考になります。
(4)裁判例の傾向
裁判例の数は少ないですが、自動車事故に関する裁判例を併せ考えると、概ね次のような傾向を挙げることができるでしょう。
すなわち、通勤途上の事故であるというだけでは、事業執行性が肯定されるわけではないが、自転車が通勤以外にも日常的に会社の業務に使用され、会社もこれを容認、助長していたような場合には、責任が肯定されることもあり得るということです。
2.会社がリスクを避けるにはどうすれば良いか
それでは、会社がリスクを避けるにはどうすればいいのでしょうか。第一には、就業規則等で従業員の自転車通勤を禁止してしまう、ということが考えられます。
しかし、本稿の目的からすると、身も蓋もない方法です。
自転車通勤自体を認めたうえで、どのようにリスク回避出来るかを考えましょう。
まず、先ほどの裁判例の傾向から考えて、事業執行性が認められるリスクを減らすためには、次のような方法が考えられます。
- 通勤に使う自転車は、配達や取引先への移動等、業務のための移動には絶対に使わないように指導すること。
また、従業員の安全教育や、万が一事故を起こした場合に備えて保険に加入させることも重要でしょう。
- 安全教育を行うこと
- 保険に加入させること
3.条例に基づく会社の義務
また、東京都では、「東京都自転車の安全で適正な利用の促進に関する条例」が定められています 。
同条例では、就業規則その他これに準じるものにより自転車通勤を禁止している事業者以外の事業者について、次のとおりの義務が定められています。
- 自転車通勤を行う者に対し、自転車の安全利用のための研修や情報の提供等を講じるように努力すること(14条)
- 事業者が駐輪場を確保するか、その従業員が駐輪場所を確保していることを従業員に対して確認すること(30条、同条例施行規則5条)
具体的な方法については、東京都青少年・治安対策本部のウェブサイトに詳しいです 。
4.まとめ―会社が採るべきリスク軽減策
以上をまとめると、会社が採るべき方法は、次のとおりです。
- 通勤に使う自転車は、配達や取引先への移動等、業務のための移動には絶対に使わせないこと
- 自転車通勤を行う者に対し、自転車の安全利用のための研修や情報の提供等を行うこと
- 保険に加入させること
- 会社が駐輪場を確保するか、その従業員が駐輪場所を確保していることを従業員に対して確認すること
- これらのルールを就業規則等で明文化し、ルールを遵守することを自転車通勤の許可条件とすること
5.その他会社が注意すべき事項
なお、自転車通勤制度導入に際しては、通勤手当についても注意する必要があります。通勤手当に関する就業規則の定めにもよりますが、通勤に要する実費を通勤手当として支給すると定められていた場合、従業員が電車通勤相当額の手当を得ながら、自転車通勤を行った場合、通勤手当の不正受給になり得ます。
このような事態を防ぐため、通勤方法の確認を定期的に行うべきでしょう。
また、自転車通勤の手当の金額を決めるにあたっては、手当が非課税となる限度額が定められていることに注意が必要です。
具体的な限度額については、国税庁のウェブサイトをご確認ください。
6.自転車通勤のメリットと導入のススメ
最後に、自転車通勤を認めるメリットはどこにあるのでしょうか。
この点については、法律上の問題ではないので、自転車通勤を実施していらっしゃる企業のインタビューを見た方が早いでしょう(※自転車通勤企業インタビュー記事参照)。
私個人の感想としては、自転車で出勤することで、目が覚めてスッキリしますし、すぐに仕事にとりかかれるように思います。
また、自転車で退勤することで、仕事からプライベートへの気持ちの切り替えがしやすいように感じます。
企業においては、自転車通勤を認めることで、従業員のモチベーション向上やヘルスケアや企業のイメージアップにも繋がるのではないでしょうか。
警視庁の「自転車安全利用モデル企業」の制度など、広報に使える制度も増えてきているように思います。
自転車通勤を認めることは、自転車通勤を一切禁止することと比べて、リスクが増えることは事実だと思います。しかし、そのリスクを軽減することは可能です。適切にリスクに対処して、自転車通勤のメリットを検討することも、一つの合理的な判断ではないでしょうか。
※自転車通勤企業インタビュー記事
パシフィックコンサルタンツが自転車通勤制度を導入した理由−交通施策のプロに訊く自転車通勤のいま【前編】
「自転車通勤」を社内制度化するための課題と解決方法とは? ーー自転車通勤制度導入の先駆者・株式会社ゴールドウイン【前編】
「毎日の料理を楽しみにする」には健康が大切!?日本最大のレシピサイト、クックパッドが自転車通勤制度をはじめた理由。【前編】
※1 最判昭和37年11月8日 最高裁判所民事判例集16巻11号2255頁 等
※2 判例時報2220号59頁
※3 判例タイムズ1131号179頁
※4 その他自転車事故について使用者責任を否定した事例として東京地判平成27年3月9日(判例集未登載、平成26年(ワ)第15934号)がある。
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WRITTEN BY萩原崇宏
弁護士 萩原崇宏(第一東京弁護士会) インテグラル法律事務所 所属 インテグラル法律事務所において不動産、IT、一般民事等幅広い分野の業務に従事するとともに、平成25年2月から自転車ADRセンターの調停委員に就任。自身も趣味でロードバイクに乗るも、最近はサボりがち。先日のインタビュー記事の写真を見た旧友からは、体重の著しい増加を指摘されている。 その他プロフィールや個別の案件に関するご相談につきましては、弁護士ドットコムのプロフィールページをご確認ください。 https://www.bengo4.com/tokyo/a_13103/l_198047/