クリス・フルーム(イギリス、チームスカイ)の通算5勝目がかかった2018ツール・ド・フランスであったが、総合優勝は本来フルームのアシストのはずだったゲラント・トーマス(イギリス、チームスカイ)の手に。不調だったフルームと強かったトーマス。エースの交代はスムースにいったのか? そこに軋轢や葛藤はなかったのか? 波乱の2018ツールを振り返ってみたい。
目次
スプリンターの競演だったツール前半
まずは、平坦ステージが続いたツール前半戦から振り返ってみよう。
開幕前から評判の高かったフェルナンド・ガビリア(コロンビア、クイックステップフロアーズ)が第1ステージと第4ステージでスプリント勝利したのは圧巻だった。これまでツールで圧倒的な強さを誇ってきたマルセル・キッテル(ドイツ、カチューシャ・アルペシン)やマーク・カヴェンディッシュ(イギリス、ディメンションデータ)、アンドレ・グライペル(ドイツ、ロット・スーダル)といった強豪スプリンターを寄せ付けず、軽々と勝ってしまったのだ。
ディラン・フルーネウェーゲン(オランダ、ロットNLユンボ)も特筆に値する。2017ツールの最終ステージ、シャンゼリゼで勝ち、その強さはすでに証明済みだったが、今年の第7、第8ステージを連覇するほどの強さに成長していたとは驚きであった。来年以降、ツールでもステージ勝利数をいくつまで伸ばすことができるのか楽しみだ。
一方、今年はキッテルもカヴェンディッシュもグライペルも1勝もできないまま、山岳ステージでリタイヤに追い込まれてしまった。爆発的な加速力と誰にも負けないトップスピードに加え、「野生の勘」も必要なスプリンターは、ある年齢とともに確実に衰えてしまうのは否めないこと。それにしても、今年ほど世代交代が顕著だった年も珍しいだろう。
きわだったサガンの強さ
ガビリアやフルーネウェーゲンといったピュアスプリンターに対し、第2ステージと第5ステージで勝ったペテル・サガン(スロバキア、ボーラ・ハンスグローエ)は安定していた。第2ステージでポイント賞の証・マイヨヴェールを着ると、その後の第13ステージでも勝利し、最後までこのジャージを手放すことはなかった。
平坦ステージではピュアスプリンターと互角にゴール勝負をすることができ、その気になれば中級山岳ステージで逃げて勝つこともでき、さらにタイムトライアルもそこそここなしてしまうサガンは、「スプリンター」「山岳スペシャリスト」「タイムトライアルのスペシャリスト」というだけでなく、「石畳を含む平坦のレースに強い」「緩い勾配の長い登りに強い」というように専門化が進んでいる現代の選手としては極めて突出している。
かつてツールで5勝したエディ・メルクス(ベルギー)やベルナール・イノー(フランス)は、平坦ステージから山岳ステージまで、そしてタイムトライアルでも抜群の強さを発揮する超人だったが、そのレジェンドたちを彷彿とさせる強さを持っている。これで山岳ステージをこなすことができるようになれば、メルクスやイノーの再来ということになるのだが。
崩れゆくエースとアシストの関係
ツールの前哨戦ともいうべきクリテリウム・デュ・ドフィネは、その年のツールを占うのに格好のレースである。「ドフィネで勝った選手がツールで勝つ」という方程式もあるほどで、クリス・フルーム(イギリス、チームスカイ)もツールで勝った年はだいたいドフィネでも勝っていた。
しかし、今年のドフィネで勝ったのは、フルームのアシストであるゲラント・トーマス(イギリス、チームスカイ)であった。しかし、いくら「ドフィネで勝った選手がツールで勝つ」という方程式があるとはいえ、王者フルームのアシストであるから、「もしかしたら今年はトーマスがツールで勝つかもしれない」と予想した人は少なかっただろう。
アシストとエースという関係
かつてエースとアシストというのは徒弟関係のようなもので、いくらアシストの調子が良いからといって、エースを置き去りにして勝つということは許されなかった。1985ツールのベルナール・イノー(フランス、ラヴィクレール、当時)とグレッグ・レモン(アメリカ、ラヴィクレール、当時)の関係が良い例だ。
落車で負傷したイノーが山岳ステージで遅れると、ラヴィクレールの監督ポール・コッヒリは先頭集団で好調に走るレモンを下がらせ、最後までイノーのアシストをさせた。現代であればエースをイノーからレモンにスイッチし、レモンに総合優勝を狙わせるところだが、帝王イノーを置き去りにするなど、当時としては考えられないことだったのである。「僕には総合優勝する力があるのに」と不満を漏らすレモンに対し、イノーは「来年はおまえを優勝させて引退する」と諭し、イノーは辛くもこの年のツールで総合優勝したのであった。
「チームとしての優勝」を優先したチームスカイ
そんなイメージがあるからだろうか、トーマスの好調ぶりを見て、多くの人が「これで今年もフルームの総合優勝は安泰だ」と思ったのも当然といえば当然のことだった。しかし、チームスカイは「フルームの優勝」よりも「チームとしての優勝」を重視し、トーマスにフルームのアシストを強要することは一切なかった。ただ単に、集団でフルームはトーマスの後ろを走るという順番が決まっているだけだったのだ。したがって、フルームが遅れても、トーマスは自分のスピードを緩めることはなかったのである。
その結果として、トーマスは第11ステージと第12ステージで勝利し、自身の総合優勝を確固たるものとしたのであった。第12ステージで勝っても「エースはあくまでもフルーム。僕が20日間のステージレースで勝つなんて想像できないよ」とトーマスはインタビューに答えていた。そのため、「フルームからトーマスへのエース交代はどのタイミングでおこなわれたのか?」というのが話題になっているが、事実上トーマスは最初からエースとして走っていたという見方もできるのである。
この辺は、ブラッドリー・ウィギンス(イギリス、チームスカイ)が総合優勝した2012ツールとはだいぶ様子が違う。この年、フルームはウィギンスのアシストで、ウィギンスが登りで遅れるとフルームが待つというシーンがたびたび見られたが、今年フルームはそのようなことをトーマスに決して要求しなかった。
最も強い選手がツールに勝つ
今年のツールにおいて、フルームの言動や仕草は、まさに真のチャンピオンそのものだった。フランス人ファンからのブーイングも意に介すことなく冷静にレースを走り続け、落車しても激怒したり落胆したりすることはなかった。トーマスが第11ステージでマイヨジョーヌを着ると、それを素直に祝福し、第20ステージのタイムトライアルでトム・デュムラン(オランダ、サンウェブ)に1秒差で敗れても、悔しそうな顔ひとつ見せずデュムランを祝福した。そして、このステージでトーマスが事実上の総合優勝を決めると、トーマスと抱き合って喜びを分かち合った。「最も強い選手がツールに勝つ。今年はゲラントが最も強かった」、フルームはトーマスを祝福した。
フルームとて人間である。本当は自分が総合優勝したかったのは当然のこと。今年はジャック・アンクティルやエディ・メルクス、ベルナール・イノーと並ぶツール5勝目がかかった年であったから、その気持ちはなおさら強かっただろう。しかし、悔しさや無念さを見せることはまったくなく、トーマスとの間の軋轢や葛藤も表面的には見えることはまったくなかった。
そこには、2012ツールの教訓が生きているのかもしれない。この年のツールでフルームはウィギンスをアシストし、ウィギンスの総合優勝に大きく貢献したものの、「本当は自分の方が強かったのに」という思いが残ってしまった。当然、ウィギンスとの間に軋轢や葛藤が生まれ、その後2人が同じレースを走ることはほとんどなかった。そして、そのことがウィギンスの移籍や引退の引き金になったことも否めない。「自転車レースは僕の仕事。だけど、それが人生のすべてじゃない」とフルームは語る。このことを通じて、レースで人間関係を崩してしまうのは得策じゃないと学んだのだろう。
最も強い選手がツールに勝つ。これこそツール・ド・フランスの本質だ。フルームはチームスカイとの契約をあと2年残しており、当然のごとく来年も勝つためにツールに戻ってくる。一方、トーマスはチームスカイとの契約が今年いっぱいで切れる。ということは、水面下で多くのチームがトーマス獲得に動いているということだ。資金力の豊富なトレック・セガフレードやボーラ・ハンスグローエ、クイックステップフロアーズあたりがトーマスを獲得するのではないかという噂もある。
もしそうなれば、チームスカイのフルームと他チームに所属するトーマスとの直接対決が見られることになる。そこで勝つのはフルームなのか、それともトーマスなのか。当然フルームはツール5勝目に向けて、ジロ・デ・イタリアを走ることなくツールに照準を合わせてくるだろう。対するトーマスも万全の体制で2勝目に向けて準備してくるはずだ。そして、「最も強い選手がツールに勝つ」ということを身をもって証明してくれることだろう。
リザルト
2018ツール ステージ優勝者
- 第1ステージ フェルナンド・ガビリア(コロンビア、クイックステップフロアーズ)
- 第2ステージ ペテル・サガン(スロバキア、ボーラ・ハンスグローエ)
- 第3ステージ グレッグ・ヴァンアーヴェルマート(ベルギー、BMCレーシング)
- 第4ステージ フェルナンド・ガビリア(コロンビア、クイックステップフロアーズ)
- 第5ステージ ペテル・サガン(スロバキア、ボーラ・ハンスグローエ)
- 第6ステージ ダニエル・マーティン(アイルランド、UAEチームエミレーツ)
- 第7ステージ ディラン・フルーネウェーゲン(オランダ、ロットNLユンボ)
- 第8ステージ ディラン・フルーネウェーゲン(オランダ、ロットNLユンボ)
- 第9ステージ ジョン・デゲンコルブ(ドイツ、トレック・セガフレード)
- 第10ステージ ジュリアン・アラフィリップ(フランス、クイックステップフロアーズ)
- 第11ステージ ゲラント・トーマス(イギリス、チームスカイ)
- 第12ステージ ゲラント・トーマス(イギリス、チームスカイ)
- 第13ステージ ペテル・サガン(スロバキア、ボーラ・ハンスグローエ)
- 第14ステージ オマル・フライレ(スペイン、アスタナ)
- 第15ステージ マグナス・コルトニールセン(デンマーク、アスタナ)
- 第16ステージ ジュリアン・アラフィリップ(フランス、クイックステップフロアーズ)
- 第17ステージ ナイロ・キンタナ(コロンビア、モビスター)
- 第18ステージ アルノー・デマール(フランス、グルパマFDJ)
- 第19ステージ プリモシュ・ログリッチ(スロベニア、ロットNLユンボ)
- 第20ステージ トム・デュムラン(オランダ、サンウェブ)
- 第21ステージ アレクサンデル・クリストフ(ノルウェー、UAEチームエミレーツ)
【2018ツール 総合成績】(マイヨジョーヌ)
- ゲラント・トーマス(イギリス、チームスカイ)83:17:13
- トム・デュムラン(オランダ、サンウェブ)0:01:51
- クリス・フルーム(イギリス、チームスカイ)0:02:24
- プリモシュ・ログリッチ(スロベニア、ロットNLユンボ)0:03:22
- ステフェン・クライスヴァイク(オランダ、ロットNLユンボ)0:06:08
- ロマン・バルデ(フランス、AG2Rラモンディアル)0:06:57
- ミケル・ランダ(スペイン、モビスター)0:07:37
- ダニエル・マーティン(アイルランド、UAEチームエミレーツ)0:09:05
- イルヌール・ザカリン(ロシア、カチューシャ・アルペシン)0:12:37
- ナイロ・キンタナ(コロンビア、モビスター)0:14:18
- ボブ・ユンゲルス(ルクセンブルク、クイックステップフロアーズ)0:16:32
- ヤコブ・フールサン(デンマーク、アスタナ)0:19:46
- ピエール・ラトゥール(フランス、AG2Rラモンディアル)0:22:13
- アレハンドロ・バルベルデ(スペイン、モビスター)0:27:26
- エガン・ベルナル(コロンビア、チームスカイ)0:27:52
- タネル・カンゲルト(エストニア、アスタナ)0:34:52
- ワレン・バルギル(フランス、フォルテュネオ・サムシック)0:37:06
- ドメニコ・ポッツォヴィーヴォ(イタリア、バーレーン・メリダ)0:39:08
- ラファウ・マイカ(ポーランド、ボーラ・ハンスグローエ)0:39:57
- ダミアーノ・カルーゾ(イタリア、BMCレーシング)0:42:31
ポイント賞(マイヨヴェール)
ペテル・サガン(スロバキア、ボーラ・ハンスグローエ)
山岳賞(マイヨグランペール)
ジュリアン・アラフィリップ(フランス、クイックステップフロアーズ)
新人賞(マイヨブラン)
ピエール・ラトゥール(フランス、AG2Rラモンディアル)