2017ブエルタ・ア・エスパーニャを振り返る|フルーム総合優勝の秘密は何だったのか?

第3ステージでマイヨロホを手にいてたフルーム。最終ステージまで、誰の手に渡すこともなかった ©Unipublic

9月10日、スペイン一周レース「ブエルタ・ア・エスパーニャ」が終了した。20日以上に及ぶレースを振り返ってみると、とにかく総合優勝したクリス・フルーム(イギリス、チームスカイ)の強さのみが際立った感がある。フルームの強さの秘訣は、いったいどこにあるのだろうか。勝負のポイントとなったステージから検証してみたい。

早くも第3ステージでマイヨロホを獲得

フランスのプラード・コンフラン・カニゴーから、スペインを経由し、アンドラのアンドラ・ラ・バッラまでの158.5kmで行われた第3ステージで、早くもレースが動いた。総合優勝候補が激しく競り合い、最後はヴィンチェンツォ・ニーバリ(イタリア、バーレーン・メリダ)がステージ優勝を手に入れるのだが、第1ステージのチームタイムトライアルでのタイムが影響し、同タイムステージ3位のクリス・フルーム(イギリス、チームスカイ)がマイヨロホを獲得したのである。

第3ステージでマイヨロホを手にいてたフルーム。最終ステージまで、誰の手に渡すこともなかった ©Unipublic
第3ステージでマイヨロホを手にいてたフルーム。最終ステージまで、誰の手に渡すこともなかった ©Unipublic

早すぎるリーダージャージの獲得はアシストの消耗につながるが、フルームとチームスカイにとって、そんなことは杞憂でしかなかった。その後も快進撃を続け、一度もマイヨロホを奪われることなく最終ステージまで完璧なレース運びを見せて、総合優勝を決めたのであった。

今思い返してみると、あの第3ステージにこそフルームの強さが見られたように思う。あのステージで、フルームはステージ優勝を手に入れることも可能だっただろう。しかし、あえて先行するニーバリを無理に追うことなく、タイム差なしの3位でゴールしているのである。無理に追うことによる体力消耗のリスクを回避し、「最小限の力で最大限の効果を発揮する戦略」を選択しているのである。

第3ステージで優勝したヴィンチェンツォ・ニーバリ(イタリア、バーレーン・メリダ)。クリス・フルーム(イギリス、チームスカイ、左から2人目)は余裕を持ってゴールしているように見える ©Unipublic
第3ステージで優勝したヴィンチェンツォ・ニーバリ(イタリア、バーレーン・メリダ)。クリス・フルーム(イギリス、チームスカイ、左から2人目)は余裕を持ってゴールしているように見える ©Unipublic

ただ総合優勝のためだけに

「最小限の力で最大限の効果を発揮する戦略」というのは、続くステージでも実に明確であった。第5ステージでアレクセイ・ルツェンコ(カザフスタン、アスタナ)らが逃げても、まったくそれを相手にせず、ひたすら総合上位勢の動きのみをチェックすることに集中する。結局、ルツェンコがステージ優勝するのだが、総合に関係のない選手の逃げはどうでも良かったのである。ブエルタに出場した目的は、ただ一つ「総合優勝」のみ。ステージ優勝には、まったく興味がなかった。

第5ステージでアルベルト・コンタドール(スペイン、トレック・セガフレード)をチェックしつつ、総合上位勢の中ではトップタイムでゴールしたフルーム。総合優勝のために、最も効率の良い走りに終始した ©Unipublic
第5ステージでアルベルト・コンタドール(スペイン、トレック・セガフレード)をチェックしつつ、総合上位勢の中ではトップタイムでゴールしたフルーム。総合優勝のために、最も効率の良い走りに終始した ©Unipublic

その後のステージでも、総合成績に関係のない選手たちの逃げはすべて容認。ヴィンチェンツォ・ニーバリ(イタリア、バーレーン・メリダ)やアルベルト・コンタドール(スペイン、トレック・セガフレード)といった選手の動きのみをチェックする走りに専念する。

フルームが初めて牙をむいたのは、第9ステージだった。クンプレ・デル・ソルの厳しい登りゴールでアタックしステージ優勝。ライバルたちに数秒から20数秒のタイム差をつけたのである。まさに「俺が最強だ」ということを示すのに十分な勝ち方であった。

第9ステージで優勝したフルーム。厳しい登りゴールで勝ち、自分が最強であることを証明してみせた ©Unipublic
第9ステージで優勝したフルーム。厳しい登りゴールで勝ち、自分が最強であることを証明してみせた ©Unipublic

第11ステージでは、単独で逃げたミゲルアンヘル・ロペス(コロンビア、アスタナ)を無理に追おうとはせず、ニーバリやウィルコ・ケルデルマン(オランダ、サンウェブ)らとともに14秒後にステージ2位でゴール。ロペスは総合上位を脅かす選手ではあったものの、まだタイム差に余裕があったので、あえてその10数秒を詰めるために脚を使わなかったのである。

第11ステージで、優勝したミゲルアンヘル・ロペス(コロンビア、アスタナ)の14秒後にゴールしたフルーム。その合理的な走りは、ステージレースで勝つための方程式を我々に教えてくれる ©Unipublic
第11ステージで、優勝したミゲルアンヘル・ロペス(コロンビア、アスタナ)の14秒後にゴールしたフルーム。その合理的な走りは、ステージレースで勝つための方程式を我々に教えてくれる ©Unipublic

唯一の危機だった第12ステージ

今大会、フルームに唯一の危機が訪れたのが第12ステージだった。落車によりバイク交換を余儀なくされ、ライバル達から大きく遅れてしまったのである。さすがのフルームも焦ったのだろう。単独でライバル達を追っているときに、下りで2度目の落車をしてしまう。もしここで骨折でもしていたら、フルームのブエルタはここで終わりだった。

第12ステージで落車したフルーム。バイク交換の際も路肩に静かにバイクを置いて、チームカーが来るのを待った。バイクを大切に扱う姿勢は、まさに「イギリス紳士」といった風情であった ©Unipublic
第12ステージで落車したフルーム。バイク交換の際も路肩に静かにバイクを置いて、チームカーが来るのを待った。バイクを大切に扱う姿勢は、まさに「イギリス紳士」といった風情であった ©Unipublic

第12ステージで2度目の落車をしたフルーム ©Unipublic
第12ステージで2度目の落車をしたフルーム ©Unipublic

しかし、運良くダメージは少なく、再びライバル達を追い始めると、前方からアシストのワウト・プールス(オランダ、チームスカイ)とミケル・ニエベ(スペイン、チームスカイ)が降りてくる。結局、フルームはこの2人の助けを借りて、ライバル達から40秒ほどの遅れでフィニッシュすることができたのである。

この辺のバックアップ体制は、さすがチームスカイといったところだ。いくら強い選手でも、長いステージレースではかならず一度や二度の危機は訪れる。それをどう処理するかというのも、ステージレースで勝つための重要な要素なのである。

タイムトライアルでライバル達に差をつける

続くステージでも総合成績に影響しない選手の逃げに、フルームはまったく興味を示さなかった。第14ステージのシエラ・デ・ラ・パンデラの登りゴールではラファウ・マイカ(ポーランド、ボーラ・ハンスグローエ)が、第15ステージのアルト・オヤ・デ・ラ・モラの登りゴールではミゲルアンヘル・ロペス(コロンビア、アスタナ)が独走勝利したが、フルームは彼らの逃げも容認したままだったのである。

フルームが再び牙をむいたのは、第16ステージの40.2km個人タイムトライアルだ。ここでフルームは全身全霊を傾けて自分の持てる力をすべて発揮。ステージ2位のケルデルマンに29秒、ステージ3位のニーバリに57秒、ステージ4位のイルヌール・ザカリン(ロシア、カチューシャ・アルペシン)、ステージ5位のコンタドールに59秒という圧倒的な差をつけて、2度目のステージ優勝を果たしたのである。

第16ステージの個人タイムトライアルで、ライバル達に圧倒的な差をつけてステージ優勝したフルーム。まさに定石通りの走りだった ©Unipublic
第16ステージの個人タイムトライアルで、ライバル達に圧倒的な差をつけてステージ優勝したフルーム。まさに定石通りの走りだった ©Unipublic

長いステージレースで勝つためには、タイムトライアルで圧倒的な強さをみせて、ライバル達に差をつけ、山岳で大きく遅れないというのが定石だ。これは1990年代にツール・ド・フランスで5連勝したミゲル・インドゥライン(スペイン、バネスト、当時)が編み出した手法だが、フルームもまさにその方法でツールに勝ってきた。そして、もちろんこのブエルタでも、その戦い方で見事にライバル達に差をつけたのである。

第18ステージでライバル達をマイヨロホを守る走りに専念するフルーム ©Unipublic
第18ステージでライバル達をマイヨロホを守る走りに専念するフルーム ©Unipublic

ついにブエルタで初優勝を果たしたフルーム。同年にツールとブエルタを制したのは、最近ではフルームだけである ©Unipublic
ついにブエルタで初優勝を果たしたフルーム。同年にツールとブエルタを制したのは、最近ではフルームだけである ©Unipublic

2017ブエルタ・ア・エスパーニャ最終成績

  1. クリス・フルーム(イギリス、チームスカイ)82h30’02”
  2. ヴィンチェンツォ・ニーバリ(イタリア、バーレーン・メリダ)+2’15”
  3. イルヌール・ザカリン(ロシア、カチューシャ・アルペシン)+2’51”
  4. アルベルト・コンタドール(スペイン、トレック・セガフレード)+3’15”
  5. ウィルコ・ケルデルマン(オランダ、サンウェブ)+3’18”
  6. ワウト・プールス(オランダ、チームスカイ)+6’59”
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WRITTEN BY仲沢 隆

仲沢 隆 自転車ジャーナリスト。早稲田大学大学院で、ヨーロッパの自転車文化史を研究。著書に『ロードバイク進化論』『超一流選手の愛用品』、訳書に『カンパニョーロ −自転車競技の歴史を“変速”した革新のパーツたち−』がある。

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